結局、全て読み終えることが出来なかった本は借りて、今日は少し早く図書室を出た。
パタパタと足早に僕の横を通り抜けて行く運動部の人とは正反対に、僕はあえてゆっくりとした足取りで美術室へ向かう。
あえて、と言うか、ただ単に足取りが重いだけだけど。
美術室の前に立つと、冷や汗が出た。
誰もいない時間を狙って来たんだ。
大丈夫、誰かいたって気にする必要はない。
僕だって美術部員なんだから。
1度、静かに深呼吸をすると、電気がついていない美術室の扉に手を掛けた。
「失礼します。」
誰もいないことを願って美術室の扉を開けた僕の希望は、
「はい、どうぞ。」
――こちらに背を向けてキャンパスに向かっている誰かによって、打ち砕かれた。
僕はその声に思わず息を飲んだ。
声の主はこちらを見ると、驚いたような表情を浮かべた。
「これは珍しい。たまには遅くまで残ってみるのも良いね。」
右手にパレット、左手に筆を持った状態でこちらを見るのは部長――米田華奈。
1つ上の3学年。
「あ…、部長…。」
「久し振り、優希くん。元気だった?」
「はい…。」
久し振り、と言うことも、元気だった?と聞くのも、部長なりの皮肉なのだろう。
「そうか、それなら良かった」と部長は笑った。
これも皮肉だろうか。
「そんな所に立ってないで、中に入りなよ。何か用があった来たんでしょ?君も美術部員なんだから遠慮する必要はないよ」
これは完全に皮肉だ。
さっさと用事を済ませて帰ろう。
すっかり部長のペースに流されて帰れなくなる前に。
そそくさと自分の棚へと向かう。
僕の棚は少し埃を被っていて、しばらく使っていないのは分かりやすく見てとれた。
小さめのキャンパスを小脇に抱えて、棚の奥へ手を伸ばす。
何本か筆を掴むと、それを専用の箱の中に入れて、鞄へ押し込んだ。
制服の裾についた埃を払って、回れ右をすると、最初と変わらない位置から部長が言った。
「ねぇ、優希くん。ちょっと良いかな?」
優しい口調で尋ねつつも、僕に拒否権はないと分かるその物言いに、今すぐダッシュで帰りたくなった。
そんな気持ちを押し込めて、はい、と返事を返すと、部長はおいでおいでと手招きをした。
