弱虫男子




「うん。そういうの好きなの?」

率直な彼女の疑問に、僕は戸惑った。
好きかどうかと聞かれても、僕にはよく分からない。

気付けばこの本を読んでいるし、別段、特別な感情はない。

美術は大嫌いなのに、この本は好きっていうのも矛盾している気がするし、なんていうか、説明しにくいものがある。

「好き、か、どうかは分からないけど、昔から持っている本だから…。でも、僕、美術は嫌いなんだ。」

僕がヘラッと情けなく笑うと、

「美術嫌いなの?」

「うん。僕、美術部員なんだけど、なんか絵を描くのって苦手なんだ。」

「意外だ!!優希くん、高1の時に描いてた模写すっごく上手だったから、美術が好きなのかと思ってた。」

そんなものを描いた気がしないでもない。
嫌々描かされた美術の課題。

何を描いたのかはよく覚えていないけれど、確か自然をテーマに描いた気がする。
花か空か草か、まぁ、高校の美術だ。ありきたりなものだろう。

「よく覚えてるね。僕、全然覚えてないや。」

「1年の時はクラス違ったから言いにくかったんだけど、あの絵、すごく綺麗だったよ。水の中の色が特に!他にも描いたりしないの?」

「あ…いや…、今は、あんまり…。美術部にも全然出てないから…。」

部活に出ていないなんて、なんだか後ろめたい気がして、僕は少し口ごもった。

「そっか…、残念。じゃあ、いつか描いたら、私にも見せて欲しいなぁ~、なんて…思っちゃったりしちゃったりして…?」

彼女は照れくそうに、はにかむように笑いながら言った。

僕が突然の申し出に思い悩んでいると、僕が嫌がっていると思ったのか、「優希くんが嫌なら別に良いからっ!!」と、彼女は両手をワタワタと交差させながら、顔を真っ赤にした。

別に、僕が嫌な訳じゃなくて、彼女が嫌な思いをしないか不安だった。
けど、彼女のそんな態度を見ていると、なんだか安心できる気持ちになった。
不思議だ。

「…良いよ。」

「無理しなくても良いよ!!」

やはり彼女は、僕が嫌だと思っているものだと思い込んで、本当に大丈夫だから!と遠慮がちに首を振っている。

「無理なんてしてないよ。僕が河本さんに見せても良いかなって思えたら見せる。それは僕の意思だから、別に、河本さんに言われたからじゃないよ。その代わり、いつ描けるか分からないから、あんまり期待しないでね…?」

あまり期待されても困るからと、そんな思いも込めて僕は彼女を見上げた。

「…っ…うん!!ありがと、優希くん!!」

僕の真意が分かっているのかいないのか、彼女はどこまでも綺麗な笑顔を見せた。

彼女の眩しい笑顔を見ながら、僕は少しの罪悪感を抱いた。
本当に、いつ描けるか分からないような僕の絵を彼女は待っているのだと思うと、嘘をついているような気がして。

「あ、優希くんってRINEやってる?QRコード交換しようよ!」

「ちょっと、待って…!」

彼女に言われて、僕は慌てて滅多に使わない携帯を、鞄のポケットから引きずり出し、RINEと書かれたアプリを開いた。

「これで良しっ」

〝河本亜紀〟
僕のRINEに追加された、新しい友達に、彼女がいることに思わず口元が緩む。

「なんかあったら連絡してね!」

「う、うんっ!」

今日は、朝から彼女に大きく近付けた気がする。
今まで連絡先はおろか、挨拶さえ交わしてこなかったのだ。

これは僕にとっては大きな1歩だ。

その嬉しさからか、いてもたってもいられず、僕はその日、図書室へ寄らずに真っ直ぐに家へ帰った。
弱虫な僕は、彼女にメッセージを送ることも出来ずに、彼女の名前があるRINEを見ているだけだったけど、それでも僕は心から嬉しかった。