「かっとなってやった。」

最近、よくニュースで報道される事件の犯人は、「どうしてこのようなことをしたのか。」と聞くと、多くの犯人がこう言っていた。

俺はこういうニュースを見るたびイライラする。かっとなってやった、なんてちゃんとした犯行の理由じゃないじゃないか。それを認める警察もどうかと思う。
「あー…やっぱ考えれば考える程腹立つー!そう思わないか?めぐみ~」
なんて、行きどころのないこの気持ちを妻にぶつけてみた。
「全く、正義感の強い方ね。そういうとこ、私好きよ。」
「ったく~…こっちは真面目に聞いてんのに~!」
とか言いながら、キッチンで夕飯の支度をするめぐみに後ろから抱きつく。
「も~、ちょっと…離してあなた、手元が狂ってうまく調味料が出せないわ」
「しょうがない、俺が今から愛の調味料を注ぐよ!」
「やだ~、あなたったらスケベなんだから!」
この時はそんなバカップル感丸出しのやりとりになって幕を閉じたこの話がのち、彼の記憶から再びよび覚ますことになるとは思いもしなかったであろう。


(懐かしいな…。)
男は、現在寺山修司と田島鉄郎のいるマンションの入口に立ち、ふと昔の事を思い出していた。いや、思い出さされたといった方が正しい。
なぜ、あんな思い出が浮かんだのかは本人が一番よく分かっていた。

そう、これから男がする犯行こそ、あの時自分が許せないといった犯行理由によって行うからだ。

現在、8:42

その頃、寺山修司と田島鉄郎は、野山十吾朗の話題で持ちきりだった。
「やっぱり、野山十吾朗はすごいよな~。
ノースキルでプロまではい上がったまさに努力家!」
「そーそー!野山は目立たない選手だったけど、その体力と根性で、試合中一番目立つスーパーキャッチの名手になったんだよな~!
僕さ、実は野山に憧れて野球始めたんだよね。野山のあのスーパーキャッチを見たとき、なんの取り柄もない僕も努力すればすごいことができるんじゃないか?
そう思わせてくれたんだよね。」
「野山十吾朗は、まさに、鉄郎の夢のシンボルだったんだな!」
「だったじゃないよ。今もだよ。」
そう言って、鉄郎はにこりと笑いながら野山十吾朗のサイン入りボールに目をおとした。

丁度その時だった。

ドーン!

マンションの一階から何かを壊したかのよ
うな、「ちょっとした事故」では片付けられないくらいの大きな物音がした。

「な…なに?この音…!」 
鉄郎は驚きと恐怖を一瞬にしてその顔に表して言った。
「鉄郎!と、とりあえずこっち来てろ!」
無意識に声が震えていたことに気づく僕。
しかし、鉄郎よりか年上の僕がしっかりしなくては、と思った。
鉄郎が僕の背の後ろに隠れ、右手が僕の肩を握ったとき、鉄郎も震えていることに気づいた。
(何があっても鉄郎は守る…!)
そう決心した瞬間だった。

8:50

一階

黒いコートにフードを被ったその男は金属バットを持っていた。
「何で…何でこうなるんだぁ!」
そう言いながら男は何度もバットを振り回す。
木製の壁がボロボロと壊れる。
住人達のポストは屑鉄と化す。
「うおおおお!」
男は咆哮をあげながら瞳に涙を浮かべていた。
男はその怒りに体をまかせ、二階へと続く階段をズタズタと登っていった。