07:36
寺山修司は飛び散ったガラスに注意しながら飛んできたボールを手に取った。
「窓ガラスを割られる」、この行為によって寺山修司は怒りの感情をわかせたが、その感情は飛んできたボールを見たとき、打ち消される。
それはサインボールだった。
不器用ながらも一生懸命サインぽく書いたようなそのサインに僕は見覚えがあった。 
一年前、野山十吾朗のチームが戦う試合を見に行った帰りに運よく偶然、帰り際の野山十吾朗選手に会えた。
自分の好きな選手を目の前に、少し焦りながらも、
「こ…ここにサインをお願いしまっす!」
と、言って何故かバッグに入っていた目覚まし時計を差し出した。
野山十吾朗選手はやさしくそれに応じてくれた。

それから僕は目覚まし時計を変えていない。

そのボールに書かれているサインはまさにその野山十吾朗のものだった。
実際、自分の持ってる目覚まし時計のサインと比較してみたが、コピーされているかのようにそっくりだった。
(持ち主は誰だ!?)
そう思った僕は、キッチンに置いてあるそれなりに底の厚いスリッパを履き、ボールで割られた窓の方へ行った。
すると、目の前にある公園に、一人ぽつんと立っている少年がいた。
少年は野球のベースらしき手描きの白い枠の中にいたため、僕は
(あの子のかも…)
と思い、飛んできたサインボールを持って外に出た。

「おーい、これ君のかい~?」
ボールを上にあげながら、少年に言った。
少年はそれを聞いて、一瞬ビクッとしたが、僕が、「気を付けるんだぞ」と、やさしく言うと、少年は「すみません!」と謝って、少し涙をこぼした。そして、少年が泣き止むの待ってから僕は言った。 

「弁償代のかわりにこのボールについて話してよ。」

少年は戸惑っていたが、なかば無理矢理自分の部屋に招いた。
一人暮らしになってからめっきり人と会話をしていなかった僕は、同じ趣味を持つこの少年に興味を持ち、少しでも話したいとこの時思っていた。

「そうだ、名前は何と言うんだい?」
「て…鉄郎。田島鉄郎…です。」
「よし、じゃあ、鉄郎!話す前にまずこの飛び散ったガラスを片付けよう!」
そう言って、二人で片付けたあと、少年は野山十吾朗のサインボールについて話してくれた。
「おじさんも野山十吾朗のことしってんだ!」
『おじさん』という言葉に一瞬ピクッときたが、そのまま会話を続けた。
「ああ。あれは今から二年前、僕もその時はちゃんとした職についていた頃の話でね、その頃、野球なんて興味無かったけど、会社の同僚に無理矢理試合見に行かされたんだよ。その時、見た試合にいたのが野山十吾朗だったんだ。野山は絶対とれないってボールを全力でとりにいってさ、そんな彼のいつも全力な姿勢に僕は憧れたんだ。」
「そーそー!野山ってさ、まさに不可能を可能にする男だよね!僕も野山の試合見てさ、ホームランするような強いバッターとかさ、すんごく速い球投げるピッチャーよりも、全力で球をキャッチする野山が一番カッコイイと思ったんだよね!実はこのサインボールもその試合終わりに書いてもらったんだ~」
「そーなのか!実は僕も野山のサイン持ってんだ~」
と言って、あの目覚まし時計を見せる。
「わーホントだ!一緒じゃん!」
「だろー!それにしても野山のスーパーキャッチと言えばさー…」

と、まあそんな話をしていたらいつのまにか僕は鉄郎と意気投合していた。
その時の時間、
8:39
そして時刻が8:40を回った頃、寺山修司と田島鉄郎のいるマンションの入口に怪しげな雰囲気を放つ男がいた。