その男はとにかくよく走った。

彼はプロ野球選手だ。

名バッターでも名投手でもない。
13年間、野球を続けて得たものといえば、その怪物級ともいえる『体力』だろう。

彼がプロに入れたのもその体力にあった。
彼はその体力を生かし、強豪バッターから放たれたボールを、全力で走って毎回キャッチした。

やがて、彼はプロの世界に入り、スーパーキャッチの名手として名高くなる。

彼の名は、野山 十吾朗(のやまじゅうごろう)。



朝食のトーストを食べながら、ふと昔のことを思い出していた。
「あの時は、僕、野山十吾朗にハマってたよな~。」

そう、野山十吾朗は一年前にプロから戦力外通告を受けて引退した。
というのも、野山十吾朗は数々のスーパーキャッチによって、足の損傷がしょっちゅう起き、一回、大きな足の損傷によって数ヶ月休んでいたが、その後復帰。
しかし、以前のようなスーパーキャッ
チはできない後遺症が残ったため、プロは、
「スーパーキャッチのできない野山はただジャマなデクノボウさ。」
と、いい放ち、野山十吾朗は野球界から姿を消した。

野山十吾朗、プロに入ってわずか二年での引退だった。

「あのときは、ひどく悲しんだもんだな…」
寺山修司は野山十吾朗のファンだった。

そんな事を考えながら、朝食の片付けをしていた丁度その時、

バリーンッ!

大きな音をたてて寺山修司の住む2階の窓ガラスが割れた。 
「なんだ!?」
僕は少し困惑したが、床に散らばったガラスの破片の中にある球状の物体を見て、窓ガラスの割れた原因を理解した。
その時の時間、7:36

時間は少し巻き戻って7:30
場所は寺山修司の住む賃貸マンションの目と鼻の先にある公園。
朝早くから数人の小学生たちが野球をしていた。
そのなかで一人、一際張り切っている少年がいた。
(今まで球拾いしかやらせてくれなかったけど、とうとう僕にも始めてのバッターという大仕事!)
少年の名は、田島 鉄郎(たじまてつろう)
この試合が彼にとってはじめての練習以外のバッターという職だった。
彼は嬉しさで練習のときとは比べ物にならないくらい、思い切りバットを振った。
カキーーンッ!
二球目で大きなあたりを放った。
「やった!よっしゃ!」
しかし、不幸にもその球はマンションの窓を突き破って、ある意味サヨナラホームランな鉄郎であった。
「な…なんてこった…。」
絶望する鉄郎を尻目に野球仲間たちが「怒られるぞ!逃げろ!」と、ドタバタ砂煙をあげて鉄郎一人残して逃げていった。
「どうしよう…。」
鉄郎は怒られるという恐怖に身体が硬直し、その場に直立していた。

寺山修司(27)、10:00の仕事にいくのに9:30にでるとして残り、
1時間54分