「こ、こか...」
俺はしげしげと『302』とプレートの書かれたドアを見つめた。
「おい、荷物入れたらさっさと来いよ」
廊下から黒沢さんがひょこっと頭を覗かせる。
結局、今日は入居祝いってことで近くのファミレスで黒沢さんと夕飯を食べることになった。
(とりあえずこの荷物部屋に入れなきゃ)
鍵を差し込み、ドアノブを回す。ガチャッと音がして扉が開いた。
ーー薄暗い室内。一人部屋だからすぐに部屋を見渡せた。
(狭いけど、十分だ...)
靴を脱ぐとすぐ六畳のフローリング。それに小さなキッチンが繋がっている。ここは珍しく風呂とトイレも別々についている。
ドン、とキャリーケースを何もない空間に置くと、やっと一人暮らしするんだっていう実感がようやく沸いてきた。
(...俺、ちゃんとやってけるかな)
多少自信なくて不安もあるけど。少なくとも、年の近そうな男の人が2人もいるってだけでかなり安心する。
ふと、真っ暗な中で外に目がいき、ついベランダに繋がる窓を開けた。夏のぬるい、でも心地よい風が前髪を揺らす。
景色は、別段いいってわけじゃない。ここは住宅地や似たようなアパートに囲まれてるみたいだし。
それでも、3階なだけあって、家々の屋根が見渡せる。空を仰げば、ぼんやりと夜空に輝く星が見えた。
「...ふう」
心地よい夜風が前髪を揺らす。
もうそろそろ行くか。
「黒沢さん待たせてるしな...っ?!ぎゃああああ!!!」
「......」
俺は振り返って絶叫した。
てっきり外で待っていると思っていたのに。いつの間に入ったのか、黒沢さんは気配すら消して部屋に立っていた。
「く、ろさわさ...」
俺は情けなく掠れた声を出した。
やばい泣きそう...。ただでさえ髪色とか服装も黒っぽいのに、どうして黙って後ろに立ってるんだよ...。そもそもいつドア開けたの?何この人?
俺が真っ青になって唇を震わせていると、黒沢さんは何も言わずに片手を伸ばしてきた。
「ひ、ひぃ!」
俺は後ずさりする。すると黒沢さんは眉間のしわを深くした。
「あ?...何だよ」
「え、え?あ、あのっ、す、すいませんでしたああ」
がばっ!と頭を下げると上からため息が降ってきた。
「もういいって。つか、何してんだよ。さっさと飯行こうぜ」
「...!」
俺はぱあっ、と顔を輝かせる。
「犬か、おまえ」

このあと、俺は黒沢さんに夕飯をおごってもらいました。