管理人さんは2階の一番奥の部屋に住んでいるらしい。『201』と書かれたプレートをちらりと見て、黒沢さんはピンポーン、とチャイムを鳴らした。
...ああああ、なんか変に緊張してきた。こういう時ってどういう風に挨拶したらいいんだ?普通に名前言えばいいのか?
(管理人さん、すごい怖そうな人だったらどうしよう...)
無愛想なじいさんとかばあさんとか。逆に猛烈におしゃべりなオバサンとか...。
俺が脳内であらゆる妄想を繰り広げていると、それまで突っ立っていた黒沢さんがチッと舌打ちした。
「...遅えな、あの野郎」
え?
気のせいか、『野郎』とか聞こえた気がするんですが。えっと、じゃあじいさんとかばあさんとかオバサンでもないってこと?もっとフレンドリーな感じか?いやいかんせん『野郎』呼ばわりする黒沢さんって何者...。
「寝てんのか?」
「...外出中、ですかね」
「おかしいな、アイツ今日仕事休みだし新しく越してくるやつもいるって分かってるはずなのに...」
ま、また『アイツ』とか呼んだよこの人。黒沢さんってちゃんとしてそうに見えて実は結構こんな感じなのかな...。
「あー、仕方ねえ。出直すか」
「あ、じゃあ俺、どっかで時間つぶしてきます」
「いや、それは意味ないんだ。アイツの仕事は夜からだから、普通この時間帯に家にいないってことはもう帰ってくるのは夜中か朝方だな」
「え、でも黒沢さん、さっき管理人さん今日は仕事休みだって...」
「と思ったんだけどな」
黒沢さんははあっとため息をつくと頭をくしゃっとした。
「もしかしたら急なシフトかもしれねえ」
なるほど。
「だから、おまえ今日はウチに泊まれ」
「え?!」
突然のその提案に俺は口をあんぐり開けた。
「なんだよおまえ家の鍵持ってないんだしどうにもならねえだろ」
「だ、大丈夫です!なんとかします!ネカフェとかカラオケとか一晩くらいなんとかなりますし!」
「あー、そういう手もあるか。でもまあ、その荷物で歩き回んのは大変だろ」
そう言うと黒沢さんは俺のキャリーケースを指差す。
「あ、いや大丈夫ですよ本当に。イキナリ迷惑だし」
「ふ、どうせ俺も一人暮らしだし別に迷惑なんて思わねえよ」
え、ええー、ど、どうしよう。別に気の合う友人同士とかでもないのに、これって甘えちゃっていいのか?でも本人から誘ってくれてるし、一晩だけだし、いいのかな...。
俺が葛藤している間に、黒沢さんはさっさと背中を向けて廊下を戻り始めた。
「あ、ちょ」
(まあいっか!お邪魔させてもらお!)
俺はキャリーケースをゴロゴロさせて急いで黒沢さんの背中を追いかけようとしてーー

バアアアアアンッ!!!
背後からの物凄い音にビクッと体を震わせた。
(何だ?!)
瞬間的に後ろを振り向くと同時に、
「やーごめんごめん!ちょうど電話してるとこでさ、出るの遅くなっちゃった!」
俺の目の前には、またもやイケメンが立っていたのだった。