専務はウェイトレスにアイスコーヒーを注文し、運ばれて来たお冷を口にした。
 それからおしぼりで手と顔を拭いて、ようやく本題に入った。

「わざわざ呼び出してすまないね」

 やや真剣な面持ちで、そう前置きをする。
 専務とはまるで親交は無く、言葉も交わしたこともないような関係である。
 部長くらいが相手ならば、多少の軽口も叩ける私ではあるが、これだけの上役を相手にするとなればさすがに緊張もするのだ。

「い、いえ」

 無意識のうちに背筋が伸びる。
 どのような話が出てくるのか分からない上に、専務がどんなタイプの人かも分からない。
 ヘタに軽い口でも叩いて、怒らせるようなことになればヘタすれば左遷などの憂き目に遭ってしまう可能性だってある。
 嫌が上でも慎重な態度になってしまう。

 しかし、専務が出てくるとは一体どのような用件なのだろうか?
 普通に夏休み返上で仕事を言いつけてくるのならば部長から話せば済む話のはずだし……それ以上に厄介な仕事があるのだろうか?