心を全部奪って

『ねぇ、ひまり』


「ん?」


『近いうちに、こっちに帰って来れないかしら?』


「え…?」


帰って来ないか?と言われると、胸がドキドキする。


大学を卒業して以来、なんだかんだと理由をつけて、一切実家には近寄らなかったから。


お正月でさえ帰らなかった。


「お父さんがね、この一学期をもって定年退職するのよ。

ささやかにお祝いしてあげたいの。

あなたにもぜひ、参加して欲しいわ」


そうか。


お父さんも今年で60歳。


教師の仕事…辞めるんだ…。


『お父さん38年も小学校の先生で頑張って来たのよ。

お疲れ様って言ってあげましょうよ。

お父さんがいてくれたから、あなただって希望の大学へ行けたんだから…。

ね?』


「う…ん」


そうだね…。


お疲れ様の言葉と還暦のお祝いをするのは、当然だよね…。


私はひとりっ子なんだし…。


「わかった。

この土、日で帰るね」


「よかった。

楽しみにしてるわ」


3年半ぶりくらいになる帰省。


仕事もないし、何日でも滞在出来てしまう。


なんだかあまりにタイミングが良過ぎて、はぁと深いため息が漏れた。