前々から気になっていたんだ。

この町で一番高いあのビルからは、どんな景色が見えるのかな?
手を伸ばせば星にだって手が届くんじゃないかな?

あの高さからなら富士山も見渡せるだろうな。そんな風に考えていた。
だが実際この場所へ立ってみると、なんてことはない、1000メートル程の山々に不自然に切り取られた、青空が広がるだけだった。

最後くらい、思い通りに行かせてくれても良いではないか。清はそんなことを考えながら、屋上のフェンスを越え、ビルの縁へと降り立つ。

この一歩を踏み出せばすべてが終わる。


そう考えるだけで気持ちは高揚し、幸福感に包まれる。

17年間。

何一ついい事なんて起りはしなかった。

一番古い記憶は酔っ払った親父が執拗に追いかけてきて、腕にタバコの火を押し付ける場面だ。

泣き叫ぶわが子を見て笑い出し、二度三度と繰り返した。あの気味の悪い笑い声は今でも鮮明に思い出せる。

もっと早くにこうするべきだったんだ。

右手にこびりついた血を見ながらそう思った。

なんでこんなに苦しんでしまったんだろう?覚悟を決めたからなのか、不思議と冷静に考える事が出来ていた。

昨夜のこと。

放課後のバイトが終わり帰宅すると、リビングから物音が聞こえる。
なんだ、また酔っ払ってるのかと嫌気がさした瞬間、聞きなれない女性の声が響く。

慌ててリビングへ駆け込むと見知った顔の女性が親父に襲われている。クラスメートの志保だ。

親父は俺を見て傍らにあった酒瓶を投げつけ、余計な真似するんじゃねぇぞ、とドスを効かせる。

人間、怒りが限界を超えると笑いが出てくる、と言う事に初めて気が付いた。


笑ったままキッチンへと入り、手近なものを掴む。丁度いいサイズの包丁だ。


親父に近づく。手に持った包丁に気が付き、多少ひるみながらも大声で脅してくる。

「お、俺にこんなことしてただで済むと思ってんのか!?育ててやった恩を忘れたのか!?」

言葉の語尾が震えている。

あぁ、こいつはこんなにつまらない人間なんだな。と思うとどうでもよくなってきた。

「もう、いいからそれ。いい加減飽きたわ。思い通りに行かないと大声を出すしか能がない。しかも言葉で負けるとすぐ暴力だ。お前もういいよ。」

言い終わると同時に喉元へ包丁を突き刺した。