しばらくの沈黙。

 一瞬ためらう様にうつむいたが、すぐに顔をあげて、熊蔵は静かに口を開いた。
「あの絵、ですね。妻がモデルなんです」
「え?」
 話が、また絵の事に戻って紅葉は、赤い瞳をパチパチさせる。
 それを見て熊蔵は、また目を細めた。どうやら彼の癖らしい。
「妻は美大時代に知り合ったんですがね。あの絵の三日月のように、か細くて美しい人でした」
 熊蔵は淡々と語りだす。
「何故か私なんかのことを好いてくれてね。嬉しかったですよ。こんな山奥まで結婚してついてきてくれました。幸せでした……」
 穏やかな表情を浮かべ、紅葉に微笑んでみせる。
「家の横に納屋があったでしょう? あそこの奥を改造してアトリエにしてるんですがね。あの日も私はそこで絵を描いていました。そこに蒼太が泣いてる緑を抱えて駆け込んできた」
 そう言って、熊蔵は最愛の妻を失くした日へと思いを巡らした――