なるほどと納得して、熊蔵の顔を繁々と見上げていると、不意にバタバタと足音がして襖が開き、ひょっこりと緑が顔をだした。
「父ちゃん、俺、今日にーちゃんと風呂入る。いいよね?」
「いいよ。ゆっくり入っておいで」
 熊蔵の返事を聞くと、緑はくるりと踵を返して鼻唄まじりで戻っていく。
「すみません。そんな訳でもうしばらく父さんの相手しててもらえますか?」
 少し遅れて顔をだした蒼太が、申し訳なさげな顔で紅葉へ尋ねた。
「いいよ。あたしのことは気にしないでさ」
 紅葉が答えると、すまなそうに頭を軽く下げて緑の後に続き、姿を消す。
 居間には紅葉と熊蔵の二人になった。
 蒼太には気にしないでいいと言ったものの、初対面の熊蔵と一体何を話せばいいのか……そう考えを巡らせているうちに
「あの、土間にあった絵って」
 この家に入って最初に目にした絵のことを思い出し、紅葉は熊蔵に訊いてみた。
「ああ、あれは私が描いたんです」
 熊蔵が少し照れ臭そうに頭を掻く。
「似合わないのは分かっちゃいるんですが、昔から好きで、美大を卒業してからも画家の真似事みたいなことして食べてるんです」
「画家なんだ ?凄いなぁ」
「いや、画家といっても、収入はささやかなものでね。だからこんな山奥で自給自足で暮らしてるんです。蒼太が町で働くようになってからは仕送りしてくれるので随分助かってます」
 熊蔵はそう言って目を細めて微笑む。
 やはり親子だ、初めはどうしようかと思ったが、気兼ねなく話せる空気みたいなものは蒼太も熊蔵も実によく似ている。
 熊蔵なら、答えてくれるかもしれない……