「大丈夫ですよ」
にっこり笑って蒼太は言うが、もう駅を出てからかれこれ三十分は歩いている。
日はもうすっかり落ちて、あたりは紅葉がサングラスをかける必要もないくらい暗くなってきていた。
「もう少しですよ」
サングラスをはずし、目をこすりながらついてくる紅葉にそう告げると、国道から杉林の奥へ続く細い脇道のほうへ蒼太は紅葉の手を引いた。
「ほんと、どこ行くの?」
「そうですねえ、もう教えてもいいかな?」
どんなに行き先を聞いても蒼太は具体的に場所を言おうとしなかったのだが、脇道を随分登った頃、やっとそう答えた。
「僕の家です」
「は!?」
やられた!! と紅葉は思った。
どうりで教えなかったわけだ。そんなこと聞いたら紅葉が遠慮するだろうことは、蒼太にはお見通しだったらしい。
「大丈夫、緑と父さんしかいませんから」
そう言ってにこにこしている。
そういえば、この青年はおとなしそうな顔して、意外と強引で行動力があるのを忘れていた。
「緑と父さんしかって……お母さんは?」
あきらめたようにため息をついて、紅葉は何気なく尋ねたのだが――
その瞬間、蒼太の顔によぎるもの。暗い影のようなそれが、蒼太の笑みを、一瞬凍りつかせたことに紅葉は気付いた。
笑みを象ったまま固まった唇。
そこから、ぽつりと漏れた言葉。
「母さん……母さんはいません」
「え?」
「僕が子供の頃亡くなりました」
見開いた赤い瞳に映る蒼太の顔。笑顔はそのままに、少し、寂しげな表情を浮かべ……
「僕が死なせてしまったんです」

