夜と紅と蒼と……



「――じゃなくてさぁ」
「僕は気にならないですよ」
 もう一度説明しようとして紅葉は蒼太に言葉を遮られた。
「言いたい人には言わせといていいですよ。他人ですから。他にたいした話題もないんでしょうし」
「へ?」
「そうですねぇ。きっと紅葉さんが綺麗だから、羨ましいんですよ」
 のんびりそんな事を言ってる。
「馬鹿。……なわけないじゃん」
 言い返しながらも、紅葉は思わず笑ってしまった。
 自分が他人の奇異の視線に晒されるのは慣れている。ただ、一緒にいる人間まで奇異の視線の対象にされてしまうのが紅葉は耐えられなかった。
 だが、当の本人は全く気にならない様で、そんな対応をされてしまうと調子が狂う。
 蒼太の言葉に先ほどまでの不快感は嘘みたいにどこかへ行ってしまった。
 紅葉は再び窓の外の風景を楽しむことにし、蒼太は再び読みかけの本へと目線を戻す。
 訪れる穏やかな時間。
 ゆるやかな電車の揺れそのものに……

 そうして、一時間ほど電車に揺られて、二人は山間の小さな無人駅で電車を降りた。
 駅前はすぐに、古い国道らしき道路になっていて、線路の向こう側は切り立った傾斜に木々が生い茂り、道路の向こう側には延々と杉林が続いている。
「荷物もちますよ。結構あるきますから」
 そう言って蒼太は紅葉の手からボストンバッグを受け取った。
 所々、ヒビの入ったアスファルトで舗装された道路は車すらめったに通らない。
 二人は道路をわたり杉林沿いに歩いていった。
「ね、泊まれるところなんてホントにあるの?」
 一抹の不安を覚えて紅葉がたずねる。
 無理もない。線路向こうの傾斜の下方に流れる川のさらに向こうにぽつりぽつりとともる民家の灯り以外にこれといった建物は見当たらない。
 今日は泊まりになるからという蒼太の言うとおり着替えなどを持ってきてはみたものの、宿泊施設があるとはとても思えなかった。