夜、仕事から部屋へ帰った蒼太は目を丸くした――

 開け放たれた居間の入口から見える、きちんと畳まれて置かれた洗濯物。
 コンロでは鍋が弱火にかけられ、カレーの匂いが鼻をくすぐる。
「あ、おかえり」
 首を傾げていると、浴室のドアが開き、中から紅葉が姿を現した。
「どうしたんですか?」
「ちょっと気分転換」
 小さく胸を張って言う。
「あのさ、やっぱりなんもやらないで世話になるのはどうかと思うのよ」
「……気にしないでいいのに」
「あたしが落ち着かないの」
 そう言って、蒼太の前を通りすぎ、鍋を覗いて火を止める。
「これだけは、なんとか作れるんだ。あ、サラダはお願い、蒼太みたいにドレッシングなんて作れないから」
 紅葉がギブアップのカタチに両手を挙げるのを見て、蒼太の口に笑みが溢れた。
「はい。すぐ用意させて頂きます」
 そう言って、微笑むと蒼太はすぐに手を洗い、サラダの準備にとりかかる。
 紅葉は手際良く盛り付けられていく野菜を、蒼太の横から覗きこんで軽く溜め息をついた。
『まるでマジシャンみたい……』
 料理をしてる蒼太をみる度に思う。
 このさいカレーを作るのに三時間もかかってしまったことは黙っておこう――そう思いながら
「ホント器用だよね」
 ため息混じりにつぶやくと……
「僕の場合は、好きってのもありますが、慣れてるだけですよ。昔からやってますから」
「うーん。でもなんか悔しいなぁ」
「ご希望でしたら何時でも教えますよ?」