母の言葉に、紅葉の中のなにかが崩れた。
 今までこらえていた色んな気持ちが、一気に胸の中に溢れかえる。
『帰りたい』
 頬を涙が一筋、伝い、落ちた。

 会いたい。
 声を聞きたい。
 その手に触れたい。
 そばに……いたい。

 ――蒼太の顔が脳裏に浮かぶ。
 黒い瞳に、穏やかな光をたたえた、優しい微笑。
 自分を落ち着かせる、低く、静かなトーンの声。
 それらを思い出せば、切なくて、いとしくて、どうしていいのかわからなくなるような、胸をしめつける感覚に支配される。
「馬鹿ねえ」
 涙のつたう紅葉の頬をそっと撫で、母が微笑んだ。
「私たちに気を使ってくれてたのね。こんなに我慢しちゃって」
「だって……」
「紅葉の気持ち、嬉しいわよ。でもね」
 テーブルごしに、母は娘の頭を抱き、ささやいた。
「あなたが一番望むことが、私たちの望みでもあるのよ」