母は静かに頷いた。
「蒼太はね、こんなあたしを綺麗だって言ってくれたの」
 母の手を、強く握りしめ紅葉は話す。
「あたしが必要だって言ってくれた……」
「そう」
「今も待っててくれてる」
「そうなの」
 笑みを浮かべ、紅葉の話を聞いていた母の頬を一筋の光が伝う。
「……いい人と出会えたのね。本当に良かった……」
 愛する娘が、苦労を重ねた娘が、やっと幸せになろうとしている。
 喜ばない親が、どこにいるだろうか。
「ありがとう。お母さん」
 母の涙の意味は、紅葉に充分に伝わっていた。
 そして紅葉のありがとうの言葉の意味も勿論。母にも本当の意味で伝わっていた。
 今、こうして存在する紅葉の存在。
 そしてこうして存在するからこそ、今、この気持ちがある。
 今、本当に良かったと喜べる。
 ありがとうと言える。
 親子は、ようやく互いに、長い長い間、秘かに自分達を苦しめていた負い目から、解放されたのだった。