「どうしよう」
 しばらくの沈黙の後、紅葉がポツリと呟いた。白い顔を更に青ざめさせ、痛々しい。
「大丈夫。律子がいるし! また連絡するって言ってた。心配すんな」
 アキラが精一杯力づけようと声をかけるが、紅葉の表情は虚ろだ。
 そんな紅葉の両肩に手を置き、顔をのぞきこみながら、蒼太が呼び掛ける。
「紅葉さん。しっかりしてください」
 静かで落ち着いた声。
 自分を見つめる、黒い穏やかな瞳を見て、紅葉は我に返った。
「蒼太……」
「大丈夫ですか? 落ち着いてください」
 蒼太の声に緊張がとける。
「ごめん。びっくりして……」
「いいえ。大丈夫ですか?」
「うん」
 紅葉の表情に、色が戻り、アキラもホッとする。
「どうする、今すぐ戻るか? 今ならまだ電車もあるけど」

 ――戻る……?

 アキラの言葉に、紅葉はすぐに答えることができなかった。
 黙って、蒼太の顔を見つめかえす。
『蒼太と、離れて?』
 こんな時だというのに、自分は何を考えてるのだ。
 紅葉は思った。
 だが、蒼太と離れることに、わけもない不安感に襲われる。
 躊躇う紅葉の様子にアキラは首を傾げた。
「大丈夫」
 蒼太の静かな声が響く。
「行ってあげてください。紅葉さん」