どうなっているんだろう?
 たしか信号無視をして、車のライトの光に吸い寄せられた感覚がしたと思った。が、気づいたら草原に倒れていて、猫になってしまっていた。
 一旦落ち着こう。冷静になって考えよう。
 目を閉じて、頭の中のぐちゃぐちゃになっている棚を、上から順に整理していく。
 ここはどこだ?
 ようやく靄が晴れた視界で辺りを見回す。極端に低くなった視界では、ここがどこなのか、見覚えがあるのかないのかさえ、世界が変わって見えて、判断ができない。
 身体は、動くな。
 声は、喋っても出ないな。話せても恐いけど。
 試しに「にゃー」と鳴いてみた。
 「にゃー」と鳴き声が出た。
 なんなんだ。三十歳にもなって、にゃーってか。情けなくなった。が、仕方ない。
 今何時だ?
 遅刻してるのに、猫になってしまった。どうしようもないな。
 お腹空いたな。
 寿司食いたかったな。猫になったら余計に寿司食いたくなっちゃったな。
 頭が混乱しているせいで、訳の分からない事ばかりが浮かんでくる。
 とりあえず、移動して情報を集めなくては、勢いをつけて立ち上がった。
 
 草原から恐る恐る歩道に出て、道の端をとことこ進んでいくと、見覚えのある道だとゆうことに気がついた。さっきトイレを借りたコンビニの近くの道だ。
 ひとまず、待ち合わせ場所に行ってみることにした。途中にさっきのコンビニがあって、人がドアから出てくるのが見えた。
 なんて恐ろしいんだ。
 猫は、いつも巨人を見る目で、人間を見ていたんだな。
 コンビニのレジには、さっきの女の子がまだ働いていた。女の子の後ろの壁に掛かった時計の針は、八時ちょうどを差していた。約束の時間から一時間も経っていた。
 亜矢の事だから、待っていてくれてるはず。とにかく待ち合わせ場所まで急いで行こう。
 試しに走ってみることにした。
 軽い。飛ぶように走れる。
 感心しながら、待ち合わせ場所まで走る。いつもの待ち合わせ場所まで。
 亜矢らしき人は居なかった。ゆっくり近づいていく。巨人が前から歩いてくるのを避けながら、待ち合わせ場所のモニュメントの前まで来た。モニュメントを見上げる。帰ってしまったのか?辺りを見回す。駅の方から沢山の男と女の巨人が、ぞろぞろと歩いてくるのが見えた。
 最悪だ。
 とりあえず逃げよう。
 待ち合わせ場所から、すれ違う巨人に怯えながら、人通りの少ない、喫茶店のある方へと、小走りで逃げて行く。
 前から女の巨人が来るのが見えて、避けようと思った瞬間、それが亜矢だとゆうことに気がついた。
 どうやって自分の事を伝えようか、立ち止まって逡巡していると、亜矢がしゃがんで「おいで」と言った。
 亜矢の方に近づいていく。
 そっと手を伸ばし、僕が怖がらないように気を配りながら撫でてくれた。
 僕は、心の中でごめんと呟いたが、声にはならなかった。
 なにか伝えたくて「にゃー」と鳴いた。
 亜矢は優しい声で「恐くないよ」と笑いながら言った。
 「にゃー、にゃー」と「僕だよ、気づいて」と鳴いた。
 亜矢の瞳から涙が零れるのが見えた。
 亜矢は、涙を拭いながら「一緒に帰ろ」と言った。
 僕を抱き上げると、少し躊躇したように待ち合わせ場所に向かって歩いていった。