「いってきます」
「あ、ああ……行ってらっしゃい」
仁は、新聞をたたんで、立ち上がる。他人行儀に、葵は、挨拶した。
パジャマ姿のままだという事は、出勤はゆっくりらしい。予定など聞いた事がない葵は、仁の朝の行動で判断する。
「すごいむくんでる」
パンプスに足を入れると、朝なのに夕方のように靴がきつかった。
「おはよう」
「おはよう」
今日も煌びやかで、カールに命を懸けている久美とロッカー室で挨拶をする。
「何か体調悪そうね、顔色が悪いわよ?」
「チークを濃くしたんだけど、分かる?なんだかここ数日怠くて……」
制服に着替えながら久美は心配そうに尋ねた。
「熱?」
「うん、微熱なんだけどね。薬は飲んでいるんだけど、効かないの」
「疲れじゃない? 体調が悪ければ休めばいいのに」
「だって、仁さんがいるのに休んだらまずいじゃない」
「何がまずいのよ。夫婦でしょ? 何でも話せばいいのよ。いつまで遠慮をしているの?」
久美は、すっかり着替え終え、カールの確認をロッカーの小さな鏡で確認している。
葵がはっきりとは話さなくても、何となく二人が打ち解けていないと感じていた。
「……」
葵は返す言葉が無かった。確かに遠慮をし、普段の些細な会話も、敬語を使っている状態だ。「体が怠いの、今日は会社を休みます」なんて言えなかった。
久美は、葵の様子を心配しながらロッカー室を出た。
「コーヒー淹れてこう」
「うん……あ、私はやっぱり止めておく。口の中が求めてない」
「分かった、先にデスクに行ってて」
「うん」
久美と給湯室前で別れ一人デスクに向かう。なんだか眩暈もしてきた。目頭を押え、頭を何度かふる。
出勤前に、コンビニ寄って買って来たハーブティーを開け、口に含んだ。
パソコンを立ち上げ、資料を開く。葵は、今月発行分の広報誌の仕上げにかかった。パソコンの画面が霞むように感じ始めたのは、昼を過ぎた頃だった。
「久美、ごめん限界かも。医務室に連れて行ってくれない?」
「分かった。朝よりも顔色が悪くなってるわよ」
昼休憩で軽くうどんを食べたが、残してしまっていた。
課長に医務室に行くと告げ、久美に支えられながら広報課を出た。
「何度?」
「38度」
自分でも久しく体験しなかった数値である。
「もう、微熱じゃないね。ねえ、旦那さんに迎えに来てもらいなよ」
「……」
「子供じゃないんだから」
そんなことは絶対できないし、無理に決まっている。自分に何があっても会社の責任者である仁に連絡をとってはいけないと決めている。
「しないのね? できないのね? わかった。あたしが連絡する」
久美は葵のスマホを取り、電話をかけようとする。
「久美、だめ……タクシーで帰れるから」
「何言っているの? ランチのあと吐いたじゃない。ねえ、あなた達がギクシャクしたままなのは葵の感じでもう分かってる。結婚してから、痩せてきて。葵が、今、誰を頼りたいと思っているのも分かってる。だから、電話しなさい。会社なんてどうとでもしてくれるわよ」
久美は持っていたスマホを葵に向かって差し出す。
戸惑いながらも葵はそれを受け取った。
「わかった……悪いんだけど、ロッカーからバッグを持って来てくれない?」
久美は、信用できないのか、葵をじとっと睨む。
「本当に電話する。タクシーでも帰れそうにないし、一人じゃ不安だから」
「本当ね?」
「本当」
久美にロッカーのカギを渡して、お願いする。それを受け取ると、久美は、医務室を出て行った。
電話帳をスクロールしながらアドレスで仁を呼び出す。
「出来るわけないじゃない」
葵は、電話を掛けずに、スマホを枕元に置く。
体調が悪い時ほど、傍にいて欲しい。真っ先にそう思ったのは、母親ではなく、仁だった。それも出来ない葵は、寂しさに目に涙が、浮かんでいた。
「あ、ああ……行ってらっしゃい」
仁は、新聞をたたんで、立ち上がる。他人行儀に、葵は、挨拶した。
パジャマ姿のままだという事は、出勤はゆっくりらしい。予定など聞いた事がない葵は、仁の朝の行動で判断する。
「すごいむくんでる」
パンプスに足を入れると、朝なのに夕方のように靴がきつかった。
「おはよう」
「おはよう」
今日も煌びやかで、カールに命を懸けている久美とロッカー室で挨拶をする。
「何か体調悪そうね、顔色が悪いわよ?」
「チークを濃くしたんだけど、分かる?なんだかここ数日怠くて……」
制服に着替えながら久美は心配そうに尋ねた。
「熱?」
「うん、微熱なんだけどね。薬は飲んでいるんだけど、効かないの」
「疲れじゃない? 体調が悪ければ休めばいいのに」
「だって、仁さんがいるのに休んだらまずいじゃない」
「何がまずいのよ。夫婦でしょ? 何でも話せばいいのよ。いつまで遠慮をしているの?」
久美は、すっかり着替え終え、カールの確認をロッカーの小さな鏡で確認している。
葵がはっきりとは話さなくても、何となく二人が打ち解けていないと感じていた。
「……」
葵は返す言葉が無かった。確かに遠慮をし、普段の些細な会話も、敬語を使っている状態だ。「体が怠いの、今日は会社を休みます」なんて言えなかった。
久美は、葵の様子を心配しながらロッカー室を出た。
「コーヒー淹れてこう」
「うん……あ、私はやっぱり止めておく。口の中が求めてない」
「分かった、先にデスクに行ってて」
「うん」
久美と給湯室前で別れ一人デスクに向かう。なんだか眩暈もしてきた。目頭を押え、頭を何度かふる。
出勤前に、コンビニ寄って買って来たハーブティーを開け、口に含んだ。
パソコンを立ち上げ、資料を開く。葵は、今月発行分の広報誌の仕上げにかかった。パソコンの画面が霞むように感じ始めたのは、昼を過ぎた頃だった。
「久美、ごめん限界かも。医務室に連れて行ってくれない?」
「分かった。朝よりも顔色が悪くなってるわよ」
昼休憩で軽くうどんを食べたが、残してしまっていた。
課長に医務室に行くと告げ、久美に支えられながら広報課を出た。
「何度?」
「38度」
自分でも久しく体験しなかった数値である。
「もう、微熱じゃないね。ねえ、旦那さんに迎えに来てもらいなよ」
「……」
「子供じゃないんだから」
そんなことは絶対できないし、無理に決まっている。自分に何があっても会社の責任者である仁に連絡をとってはいけないと決めている。
「しないのね? できないのね? わかった。あたしが連絡する」
久美は葵のスマホを取り、電話をかけようとする。
「久美、だめ……タクシーで帰れるから」
「何言っているの? ランチのあと吐いたじゃない。ねえ、あなた達がギクシャクしたままなのは葵の感じでもう分かってる。結婚してから、痩せてきて。葵が、今、誰を頼りたいと思っているのも分かってる。だから、電話しなさい。会社なんてどうとでもしてくれるわよ」
久美は持っていたスマホを葵に向かって差し出す。
戸惑いながらも葵はそれを受け取った。
「わかった……悪いんだけど、ロッカーからバッグを持って来てくれない?」
久美は、信用できないのか、葵をじとっと睨む。
「本当に電話する。タクシーでも帰れそうにないし、一人じゃ不安だから」
「本当ね?」
「本当」
久美にロッカーのカギを渡して、お願いする。それを受け取ると、久美は、医務室を出て行った。
電話帳をスクロールしながらアドレスで仁を呼び出す。
「出来るわけないじゃない」
葵は、電話を掛けずに、スマホを枕元に置く。
体調が悪い時ほど、傍にいて欲しい。真っ先にそう思ったのは、母親ではなく、仁だった。それも出来ない葵は、寂しさに目に涙が、浮かんでいた。



