玄関の鍵を開け、入る。仁が住んでいたマンションだが、新築の匂いがした。それは新しい家具と、多少のリフォームをしたからだ。





「仁さん、何か飲みますか?」

「え? ああ、いただこうか」



仁も緊張しているようで、自分の住みなれた家ながら、落ち着かない様子だ。





「今、お茶を淹れますね」





荷物を仁に任せ、葵はキッチンでお茶の準備をする。

荷物を運んだ時に、キッチンだけは直ぐに生活が出来るように整えていた葵は、迷いなく準備をする。



仁はリビングに荷物を置き、ソファにあるスタンドに灯りを点ける。部屋は間接照明が至る所にあり、集中配電盤で全ての操作が出来るようになっている。立花家のように、蛍光灯や天井からぶら下がる照明で終わりのようなことはない。



窓は広く大きい。そこから見る都会の夜景は、額縁に入れた写真の様に見える。

山奥から上京した娘が、都会の夜景を見て、実家の夜空を思い出すような気分だ。



テキパキとキッチンでお茶の準備をする葵を、仁は見ていた。結婚した実感は湧いていないまでも、妻を迎え入れた幸せは感じている。嘘ではないだろうかと、消えては仕舞わないだろうかと、じっと見てしまっていた。





「はい、お待たせしました」





トレイに湯飲みを二個のせ、ソファに座っている仁のテーブルに置く。





「あ、ああ」





ボーっと葵を見ていた仁は、葵の呼びかけで我にかえる。





「緑茶にしましたよ」

「ああ、ありがとう」



何を話していいか全くわからず、沈黙が流れた。

葵の中は、これからの生活がどうなって行くのか不安でいっぱいだった。



今日だってこれから寝室を共にしなくてはいけないのか、それともしっくりと馴染んでからでいいのかと、そんなことが頭の中をしめていて、視線がきょろきょろと挙動不審だ。





「部屋なんだが」

「はい」





部屋と言う言葉に、葵はどきんとする。思わず姿勢が正しくなる。





「引っ越しの時は、家具が揃ってなかったが、一通り揃ったから。今日からは、そこが葵の部屋だ」

「……わかりました」





どういうことなのかと、頭で整理して、納得の頷きをする。

前もって言われていた。引っ越しの際には、仮に荷物を入れておくようにと。葵は、部屋が整ってからと思い、今日までどきどきしていたが、そう言うことかと、変に安心した。





「案内しよう」

「はい」





二人で立ち上がって、葵は仁の後をついて行く。何部屋あるかまだ把握していない部屋を、ただついて行く。リビングの反対側が仁の部屋だと言うことは知っている。





「ここの部屋を使うといい。足らない物があったら言ってほしい」





部屋の入口の壁にある、スイッチを入れると、部屋に灯りが点き、全貌が見えた。部屋は、温かみのあるアイボリーで統一され、ベッド、ドレッサー、チェストにテーブルまであった。ホテルの一窒のようなコーディネートに、葵は、思わず小さな声で、歓声を上げてしまった。だが、部屋にそぐわない葵の荷物が段ボールとトランクで置いてあると、片付けを思って、げんなりする。



喜んでばかりはいられず、部屋が別という問題で、“しっくり馴染んでから”そういうことかと、納得した。

仁に分からないように、ホッとしてしまう。これが、葵にとって鬼門だったからだ。