「はい」





葵の返事を聞いて、ガチャリと、ドアが開くと、紋付袴を着た仁だった。想像していたより遥かに素敵な姿の彼に、葵は見とれてしまう。いつものようにセットされた髪。隙のない着こなし。スーツだけではなく和服までも自分のものにしてしまうのかと、憎らしく思う。





「アネキ」

「ちょっとお邪魔してたの。先に本殿に行ってるわ」





仁の肩をポンとタッチして、綾は部屋を出る。





「名波さん」

「あ、いいよ、座っていて」

「……」

「……」





二人になると、気まずい空気が流れ、ダンマリとしてしまう。お互いの容姿に照れてしまったのか、無言になってしまった。しかし、仁が口火を切った。





「とても、綺麗だ」

「え? いや、あの……そんなことは」





真っ直ぐに見つめられ、口数の少ない仁に言われた葵は、どうしていいか分からずにどもってしまった。緊張で手が冷たくなっていた。そして言われなれていない褒め言葉を聞き、さらに緊張は増している。そして変わらず、会話が途切れる。この場での沈黙は、葵には窮屈で、話題を探した。





「あ、あの……こんなところでなんですが……」

「なんだろう?」

「あの、その、結納返しですが、決めていただけました?」





緊張と照れで、自分でも訳がわからなくなる。結婚式当日に結納返しを聞くと言うのは、ありえない。仁側からは、結納返しは不要と伝えられていたが、葵が直接仁に申し出た。借金がある立花家の娘であっても、引け目を感じて嫁ぎたくなかったのだ。

結納返しは何がいいかと聞いたとき、「考えておく」と返事をしたまま、仁は、何も言ってはこなかった。それを、急に思い出す。





「もう、貰ったよ。世界で一つだけの」

「え? 何も差し上げた憶えはありませんが?」

「ここに……」



そういうと仁は葵の手をとった。仁にとっての結納返しだ。

とうとう自分の妻になる。仁は花嫁衣裳に身を包んだ葵を眩しく見つめた。





「ずるい……」





単語のような会話しかしない彼が、たまに発する言葉は、ストレートだ。

緊張した空気が流れている中、仁は葵の座っている前に跪く。





「俺は、何万人も社員を抱えている会社のトップだ。君には大変な事も出てくるかもしれない。でも、全身全霊で君を守っていく。君に求める物は何もない、ありのままで傍にいてくれたら、それでいい」





見合いから、半年ほどでの結婚だ。それに数えるほどしか仁と同じ時間を過していない。プロポーズもしてもらっていなかった。今、仁が言った事がプロポーズなのだろう。





「こちらこそ、至らぬ私ですが、よろしくお願いします」





跪いていた仁は、立ち上がり、葵の手をとった。





「さあ、行こう、式が始まる」

「はい」