「さ、時間だ。タクシーも来るだろうから、下で待っていよう」





 義孝の声に恵美子、葵とそれぞれにバッグを持ち、玄関に行く。





 「姉ちゃん、これから? えらい着飾って気合十分じゃん」





腹をぼりぼりと掻きながら、起きてきたのは弟の楓だ。振袖姿の葵を見て、思わず笑う。普段の葵を知っているからだ。





 「うん。行って来るね。翔は?」

 「昨日、バイトから友達の家に泊まるってメールが来た」

 「そう、出かけるときは戸閉りお願いね」

 「おう、帰ったら、どんな奴だったか聞かせてよ。姉ちゃん、ドジで空回りするから気をつけろよ」

 「……わかっているわよ」



 葵はむっすりとして答えた。

 葵には双子の弟がいる。二人とも大学2年生だ。倒産した時は、大学受験で二人共就職を希望した。しかし、すでに卒業して社会人となっていた葵は、自分だけ大学を出て弟達が我慢するのを許さなかった。小さい会社だったために、負債金額は大きくはなかったが、家のローンを払うより、多い金額を背負う事になった。



 自宅は売り払い、団地に越して、売れる金目の物は全て売った。恵美子はパートを始め、葵は夜のクラブのバイトをホテルには内緒で始めた。当初はホテルの給料だけで生活していたが、生活費で給料が終わってしまい、返済までお金が回らずバイトを始めたのだった。



 両親は反対したが、楓と翔が大学を卒業するまでの間だけという約束で、今に至っている。

 それを分かっている弟達は、大学に合格すると、バイトを始め、生活費を家に入れてくれるようになった。仲の良い家族だ。



 指定した時間に下に降りると、既にタクシーは来ており、予約した名前を運転手に義孝が告げると、後部ドアを開けた。



 義孝は助手席に乗り、恵美子と葵は後部座席に乗った。行先を告げ、タクシーは目的地に向かった。

 タクシー代で一万円近い金額はちょっと痛かったが、この姿での電車の乗り換えはきついと、葵と恵美子の意見でタクシーとなった。



指定された場所は都内の一流料亭で、どんな所かネットで調べていた。HPなどなく、京都のように一見さんはお断りの様だ。和食の作法など知らず、義孝、恵美子、葵で和食のマナーをネットで勉強した。一時停止と再生を繰り返しながらの勉強だった。



タクシーは何とか一台入れるほどの道幅しかない通りを入っていく。花街だったのか、芸者たちが住んでいそうな雰囲気のある通りだった。

とても静かな場所で、ここが都内の一角だと思えない。





 「凄い門構え」





 タクシーを降り、見慣れない光景に口をあんぐりと開け、見渡した。

 そこは都心にありながらも、静かに歴史を刻んできた重厚感漂う造りで、威圧感がある。





「何か、これから戦いに行くみたいね」





 恵美子と葵は料亭に入る前にお互いに着くずしを直しながら、そんなことを話していた。





 「さ、心の準備はいいか? 行くぞ」

「やだ、お父さん。余計緊張するじゃない」





葵は、父、義孝の腕をパシッと叩き、突っ込みを入れた。





 「ははっ、そうか。じゃ、気楽に行こうじゃないか。美味い料理が食えるしな」





 と、笑えたのはここまでだった。