「すみません、名波さん。ここで止めてください。車が止めやすい所でいいですから」

「え?」





葵に言われて、仁はルームミラー、サイドミラーを確認しながら、暫く走り、ハザードランプを付けて車を端に寄せた。





「車に酔ったか?」





仁は、心配そうに葵を見た。





「ここで結構です。電車で帰ります。ありがとうございました」





葵は、シートベルトを取ってドアに手を掛けた。その時、仁がその手を止めた。





「どうした?」





さすがの仁も、葵が何かに怒っていると分かったらしい。焦って、葵の手をとった。





「……今日、ウエディングドレスの打ち合わせでした。行ったことのないような高級なお店で、何も分からず、お姉さんとデザイナーさんに色々と聞かれて。好みなんか聞かれたって言えるわけない。だって自分でお金を出すわけじゃない、レンタルだと思っていたら、オーダーだって突然言われて。それに、ドレスの打ち合わせだって名波さんは知っていたはずです。それなのに、何も聞かないし、何も言わない。今の私は、名波さんに対して不信感で一杯です。こんな気持ちで結婚するなんて……みじめすぎる……!」





胸に溜めておけなかった。何とか会話をと懸命に話をしていた葵に、仁の返事は冷たすぎたのだ。仁の手を払って車の外に出ようとした葵に、仁はその手を引きつけて、葵を振り向かせた。その顔は今にも泣きそうで、仁は胸が締め付けられた。





「ごめん、ちゃんとわかってた。だけど、聞いていいのか、聞くことが束縛しているのではないかと……ちゃんと報告も受けているし、今日はどんな話をしたのかも知ってた。姉から聞いて。聞いて知っていることを聞くのもしつこいのかと、聞かなかった。悪かった」

「……私は……私は、誰と結婚するの? 姿の見えない人と結婚するの? 結婚式の打ち合わせに来ているカップルで、義理の母親と打ち合わせをしている人たちなんかいません。それでも、私はあなたと結婚するしか道がない。こんなに寂しい気持ちになったのは初めてです。会話をしても返事しかない。見合いでお互いを好きになって結婚するんじゃない。だからこそ、もっとコミュニケーションが必要なんじゃないですか」

「俺は……」

「ほら、そうやって、すぐに話が終わる。結婚の日取りは決まってます。こんなに絆がなくても覚悟をもって結婚します。だから名波さんも腹をくくってください。たとえ不本意でも。お互い、いい大人です。その自分たちが決めた結婚です。だから……だから……気を付けて帰ってください」





それ以上はもう言えないというくらい、涙が込み上げていた。だが、ぐっと我慢する。仁の手を振り切ってドアにもう一度手を掛けた葵に、仁は、肩に手をかけ、無理やり振り向かせる。今にも泣き出しそうな顔の葵に、仁は苦しい顔をする。