「仁、後はよろしく」

「まただよ」





支払いを仁にさせる綾は、にっこりと笑い、仁は、飽きれた顔をする。そんな顔を見たことが無い葵は、少し複雑だ。

出ていましょうと、綾に言われ、店の外で仁を待つ。





「送って行ってもらいなさいね」

「いえ、電車の方が早いですから」





仁との距離が縮められない葵は、遠慮がある。それに、ぎこちなさは密室の車内では、息苦しい。





「遠慮はなし。婚約者なんだから……あ、来た」





支払いを済ませた仁が店から出てきた。





「すみません。ごちそうさまでした」

「葵ちゃん、また、そんなことを言って」





綾はわざと怒った顔をする。





「大丈夫、ちゃんと送っていくから」

「当たり前」

「すみません」





綾に言われても、まだ、恐縮する葵だ。

三人並んで店の駐車場へと向かうが、三人の影が、まるで「川」という字のように、見える。当然、真ん中の短い棒が葵だ。そんな些細なことも葵は、不釣り合いだと感じてしまい、また、ため息をつく。





「じゃあね」





綾は、駐車場まで来て、道路に向きを変え、タクシーに手を挙げる。





「あ、お姉さん、車……、あ……」





そこまで言って、酒を飲んでいたことを思い出す。





「車は、店に置かせてもらうの。いつものことよ。じゃあね」





手を高々に上げ、葵と仁に手を振る。そして、そのまま止めたタクシーに乗り込んだ。

見送った葵の中では、二人になるのは、辛いと言うことだが、そうも言ってられず、仁の方を向く。





「帰ろうか」

「はい。すみません」





送ってもらうことへの遠慮がまだある。綾に言われたが、そう簡単にはいかない。

駐車場で仁の車の前に行くと、仁が助手席のドアを開けて、葵を乗せる。経験したことがないことをされると、やたら頭をぺこぺこと下げてしまう。

仁も車に乗り込み、車を走らせると、沈黙が息苦しく感じた葵が、話を始めた。





「うちのホテルの社員食堂、とても美味しいんです。ホテルの料理の料理人が作っているんだから当たり前なんですけど、毎日食べたいくらいで」

「そう」

「あ、名波さんはランチどうしているんですか?」

「適当だね」

「なるべくお金を使わないように、お弁当を持っていくんですけど、社食の誘惑がすごくて毎朝、お弁当か、社食かの葛藤が大変で」

「そうか」





短い返事には慣れた。だが、感情が伝わらないのはつらい。身体を仁の方に向けたり、手を大げさに動かしてしまうのは、葵がどうしていいか分からないからだ。





「同期の久美という女性がいるんですけど、少し潤さんに似ています。あ、話を聞く限りの潤さんですけど」

「潤?」

「恋愛は、楽しまなくちゃいけない。恋愛はゲーム。自分の魅力も良く知っていて、見せ方も知っている。でも決して軽いわけじゃなくて、自分のプラスになる恋愛を選ぶ。そんな女性なんです。仕事も全力投球、恋愛も全力投球。羨ましい」

「そう」

「あ、今日は、広報誌の最終仕上げで、ばたばたして、名波さんの会社でも社内報みたいなものはあるんですか?」

「あるよ」

「……そう、ですか」





葵から懸命に笑っていた笑顔は消え、会話をきった。葵は、外を見て、都心の風景を眺める。道には、カップルが楽しそうに腕を組んで歩く姿、手を繋いで歩く姿が見える。そのどれもが、笑顔で楽しそうに笑って会話をしていた。