「さ、葵ちゃん乗って」

「は……い」



車高の低い車に腰を屈めて乗り込む。綾は慣れたように颯爽と乗り込み、キーを差し込む。エンジンを掛けると、スポーツカー独特のエンジン音が腹に響いた。





「さあ、行くわよ」





綾はサングラスを掛け、ギアをドライブに入れる。サイドブレーキを外すと、ハンドルを切った。

アクセルを踏み込むと同時に体がシートに引き込まれる。車高の低い車は、さほどスピードは出ていないのに、速いと感じてしまう。さりげなく葵は、シートベルトを握っていた。





「葵ちゃん、これから行くお店はね、すごくアナゴが美味しいの。仁も大好きよ」

「仁さん、アナゴが好きなんですね」

「そう。お寿司全般好きだけれど、特にアナゴが好きよ。あと、聞きたいことはある?」





お見合いで、結婚までの経緯も仁から聞いているのか、はたまた、勘がいいのか、綾は仁の好みを教えた。





「あの、仁さんはスポーツ何をしていたんですか? 背が高いから」





一応、無難な質問から始める。





「ああ、中学から大学までバスケよ。無駄に身長ばっかり伸びちゃって」

「やっぱり。バスケかなあとは思ってはいました。まあ、身長が高いと大体想像がつくスポーツはバレーボールかバスケですもんね」

「まあ、そうね」





綾は気取らない、気さくな感じの女だ。そこは母親譲りだ。美人は鼻につくというが、綾はそうではない。本来結婚すれば、綾とも家族になる。うまくやっていけそうだと、思った葵は、表情も和らいでいた。





「さ、着いたわ」





店の横にある駐車場に車を止め、腹筋を使って反動で車を降りる。





「よっ」

「葵ちゃん、おもしろい」

「反動を付けて、腹筋使って声をかけないと、体がシートにめり込んで降りられません。お姉さんはスマートに降りて流石ですね」

「慣れよ、慣れ。ここよ」





綾に手をこまねきされ、尻尾を振って主人に近寄る犬の様に、葵は綾に駆け寄った。





「いらっしゃい」





ガラガラと、大きな音をたてる立て付けの悪い引き戸を開けると、板前が笑顔で出迎える。綾が連れて行く寿司店と聞き、葵は、しゃれた店構えを想像していたが、それとは真逆な店だった。葵は、本当にここなのかと、店を見渡してしまっている。



「こんにちは、大将」

「どうも、お久しぶりです」





60代半ばの感じの、威勢の良い男性がカウンターの中から出迎える。白木のカウンターにテーブル席が3つほどの小さな店だ。大将の妻である女将に案内され、カウンターに座る。最近は見かけない白のかっぽう着に、着物姿だ。店の中も年季が入っているが、清潔な厨房、磨かれた床やテーブル、白木のカウンターは手入れが行き届いてとても綺麗だ。ネタケースは、透明な氷で冷蔵され、こだわりがうかがえる。