葵にかかるストレスは、相当なものになっている。それは形式だけではない、本式の結納が執り行われるからだ。仲人は、前回の部長ではなく、本社役員がなった。夫婦そろって品があり、場馴れしている。 仲人をした回数も、数えきれないほどあるベテランの風格がある。作法など分からず、結納までの数日間は、家族そろって本で勉強をした受け答えと、動画を観ながらのリハーサル。作法を何度も繰り返し練習した。そこからストレスが溜まっていき、よりにもよって見合いの日に、吹き出物が出来てしまっていた。





「お母さん、ちょっとメイクを直してくるから」

「分かったわ」





トイレに向かい、鏡を見る。





「化膿しちゃったなあ」





顎に出来た吹き出物は、朝よりも大きくなり、赤みを帯びていた。バッグから化粧ポーチを取り出し、軟膏を塗る。





「がんばろう」





鏡の自分に向かって言う。

トイレから出ると、仁とばったり出会った。





「名波さん」





指輪を買った時以来の再会だ。都心に住んでいながら、まるで遠距離恋愛をしているような挨拶を交わす。





「久しぶり」

「お久しぶりです」





他人行儀な挨拶をして、すぐに気まずくなる。葵は直ぐに見合い会場へ行こうとして、歩き出そうとしたとき、





「とてもよく似合っている」





仁が声を掛ける。



「え?」





一瞬なんのことかと思ったが、すぐに、ネックレスのことだと思い、仁に向き合う。





「本当にありがとうございます。同僚にも羨ましがられました」

「そう……」





明るく会話をした葵に対して、仁は相変わらずの単語で済ませる。葵は、仕方がないとでも思っているようで、





「先に行っています」





と、仁に言った。いつでも会話が長続きしない。いつものことだと、葵は理解をしめす。





「ああ……」





葵が歩き出すと、仁は自分の腰に手を置き、深くため息を吐く。





「どうして俺はもっと気の利いたことが言えないんだ……」





もどかしい自分にイラつく。歩いて行く葵の後ろ姿を見送るように見た。





結納が行われる部屋は、金屏風が用意され、その前には、名波家が用意した結納品がずらりと並べられていた。今でこそ簡素化されている結納品だが、並べられているのは、略式ではなく、正式な結納品が全て用意されていた。名波家の葵に対する、誠意が見られた。

名波家が、仲人を介して立花家へ結納品を持参するのが正式だが、立花家の自宅事情を考慮して、料亭で行われた。それだけではなく、立花家から名波家への結納返しは遠慮をすると、名波家より伝えられていた。何もかも、葵の家に負担を掛けまいとする名波家の気持ちからだったが、葵の心は複雑だった。