VIPルームに通されて、仁は葵を応接セットのソファに座らせると、自分は座ることなく、





「ちょっと席を外す」





言葉短くいい、部屋を出て行く。後ろ姿を見送った葵は、体中の力がぬけて、だらしなくソファにもたれた。





「つ、疲れた……」





慣れない場所で、神経をつかった葵は、目をつぶる。ふと、仁が葵に耳打ちした言葉を思い出した。



”値札は見ないように”



葵が値札を見ようと格闘していることを、仁は察していたのだ。その声が耳に残っている。値札は商品にぶら下がっていたわけではなく、小さなプレートになっていた。桁の違いに、何度も見て確認せずにはいられなかった。その様子が分かったのだ。





「無理よ……」





ぽつり呟くと、暫く部屋の天井を眺めた。葵の人生上、身に付ける宝飾品として選択肢にない高級な店に入り、この先待ち受ける上流社会での生活を考える。





「はあ~、早まったかな」





決めたこととは言え、ため息がでる。しかし、後戻りはできないのだ。幸せになるように努めることが重要だ。座り直した時、ドアが開き、仁が入ってきた。





「ごめん、待たせて」

「いいえ」





テーブルを挟んで、葵の前に仁が座る。すぐに、対応した店員が小さな袋をトレイに乗せて入ってくる。





「失礼いたします」

「ありがとう」





トレイから袋を下ろして、テーブルに置く。店員は一礼して、部屋を出て行く。葵はそれにこたえるように同じく頭を下げた。ドアが閉まるパタンという音が聞こえると、仁は袋を葵の前にすっと、動かした。





「これ……」





葵はきょとんとした顔をする。選んだ結婚指輪と婚約指輪は、サイズ調整され、後日受け取りの予定だ。ここにあるのは、それではないはずだ。





「えっと……」

「気に入ってくれると嬉しい」





仁が、指輪とは別に何か買ってきたのだと、すぐに分かった。中を見るのも厭らしいか、それとも開けてみた方がいいのか。葵は悩んだ。





「あの……開けても?」

「ああ」



テーブルから袋を自分の方に引き寄せ、膝の上に乗せる。中は、キレイにラッピングされた箱が入っている。取り出して、リボンを解くと、箱を開けた。





「……きれい……」





入っていたのは、一粒ダイヤのピアスだった。葵の給料では到底手の出ない大きさだ。思わず目を見張る。

袋の中にはもう一つ長方形の箱が入っていて、それも取り出し、同じようにリボンを解く。そこには同じく、ダイヤのネックレスが入っていた。ピアスと同じく、一粒ダイヤのネックレスだ。

ここがVIPルームではなく、自宅であったなら、倒れていたに違いない。

仁は席を立ち、固まって箱を持ったまま動かない葵の傍に行く。箱を葵から取り、中のネックレスを取り出すと、葵の背後に回り、首にかける。





「形あるものでごまかそうとは思ってないが、会う時間が取れなくて悪い。これからよろしく」





葵にネックレスをつけ、また、葵の向かいに座る。高価な物を身に付けて緊張をしている葵と裏腹に、仁は滅多に見せない、はにかんだ笑顔を見せる。





「こんな高価な物……指輪だけでも申し訳ないのに」

「指輪は男が贈るものだよ。申し訳ないなんて」





仁は思わず、苦笑いをする。





「……ありがとうございます。大切にします」





葵は、ネックレスのヘッドを触って、仁に礼を言った。

恭しく店員に見送られ、店をあとにする。どこに行くかも決めていない状態で、仁の後をついて歩く。休日の銀座は、人があふれかえっている。少し前の銀座と、歩く人の層が変わってきている。観光客が多いのか、多国籍な言語が聞こえていた。





「私がいることを忘れてるんじゃないでしょうね」





先に歩く仁は、どんどん前に進んでいる。必死で付いて行こうと、葵は早歩きをするが、通行人に邪魔をされる。それほどに銀座は人であふれかえっている。幸いにして、通行人の中で頭一つ出ている高身長のお陰で、見失わずに済んでいるが、葵と仁の間は、どんどん離れる。





「もう……何も言わないで帰るぞ。まったく」





葵の怒りが頂点に達しようとしている時、仁がはっと気が付き、後ろを振り返る。慌てた様子で、葵に駆け寄った。





「ごめん」

「あ、いいえ、私が遅いから」





怒っていたのだが、思わず、いい子ぶってしまうのは、まだ、仁との距離があるからだ。





「ホントにごめん。いつもの調子で歩いてしまった」





申し訳ない顔で必死に謝る。内心はプンプン怒っていた葵も、仁の顔を見て怒れなくなる。

仁は葵の手を握り、もう一度、ごめんと謝った。