暇さえあれば、結婚に関しての情報を集めていた。こんなに浮足立ったのは、初めてのことだ。仁は、にやけが止まらない。しかし、現実をしっかりみれば、自分は酷い手段を使って葵を妻にしようとしている。そのことが、いささか素直に自分を表現できない要因にもなっている。



「もう、つっぱしるしかないんだ」



どんなことがあっても、葵を妻にする。決めたことだった。指輪を検索していた時の嬉しそうな顔とは一転して、険しい顔つきになる。

葵に、連絡を取るために、携帯を握る。葵の予定を聞き、一緒に買いに行くためだ。サプライズも考えた。性に合わないことでも、葵が喜ぶためならと、たくさん考えたが、仁には出来そうもないと、諦め、葵と一緒に選ぶことに決めた。手早くメッセージを打ったが、返信がない。



「見てないのか?」



待てど暮らせど、葵の返事はこない。イラつきながらもう一度送信をしようと、携帯を手に取ると、画面から時間が目に入った。



「そうか、業務中だ」



自由に携帯のやり取りが出来る自分とは違うのだと、安心の笑顔がこぼれる。イライラして、返信を待ちながら仕事をしていたが、心の重荷が取れたように、柔らかい表情になる。実に単純だ。

葵がそのメールを見たのは、当然昼休憩の時間だった。



「なんだろう?」



滅多にない仁からのメールに、葵は、嬉しい顔はしていない。恐る恐ると言った方が正しい表情だ。昼はもっぱら食堂を利用する。しかし弁当持参だ。

席に弁当を置いて、お茶を取りに行く。行列が出来ている食堂は、おいしいと評判だ。それもそのはず、ホテルの料理担当が作っているのだから、当たり前だろう。しかし、社員食堂らしからぬ金額設定に、葵は、毎日食べられないでいる。



「あー、お腹がすいた」



いつもは同僚と一緒に昼を食べるが、忙しい今日は、順番に昼を取ることになった。

ナフキンを広げて、弁当箱の蓋を開ける。



「いただきます」



葵は、食べながら仁から着ていたメールを開く。



「週末の誘い……? なの……?」



仁のメールは、「週末の予定は?」だけだった。



「口数が少ない人だとは分かっているけど、せめて文章くらいは分かるように打ってよ」



葵は、メールを閉じて、ご飯を食べる。葵の顔を見たら、何を怒ってる顔をしているのかと、聞かれるように顔が怖い。

いろいろなサイトを見ながら、弁当を食べ終え、食後のコーヒーを買い、一口飲んで、やっと返信を始める。



「何か用事があるのか聞かないと、分からないって、効率わるっ」



イライラとしつつ、返信をすると、仁から間髪入れずに返信が来た。仁は、ショッピングに誘いたいようで、今度は、遠まわしに文章を打つ。



「まったく……結婚が決まってから連絡もなかったから、いいけど」



音沙汰もなかった仁に、口を尖らす。葵の、週末の予定はない。待ち合わせの場所と時間を決めて、返信をしてくれと、まるで、業務連絡のような文章で、返信をした。







デートと言われる日がやって来た。まだ好意を持っていない相手とのデートは、葵の人生初だ。しかし、デートと呼ばれるイベントは久々で、何を着て行ったらいいか分からず、変なストレスを抱えてしまっていた。仁の普段着が分からず、どんな服装をして言ったらいいか分からない。二人並んだときに、スーツとジーンズでは、ちぐはぐしすぎだ。何を着て行くのかを聞く間柄でも、聞かなくても分かる間柄でもない。葵は、悩んだ末に、一番便利なワンピースを選んだ。

葵の持っている服のなかでも、落ち着いて見える紺で、ウエストから上がカシュクールのデザインになっている。



「ちょっと、胸元があいているかなあ」



カットが少し深めだが、普通の開き具合だと思って買ったワンピースだ。今日に限って胸元が気になる。鏡の前で、首を傾げながら悩むが、着る物は他にない。嫌われないようにと気を使う相手ではないと、葵は、部屋を出た。



「お母さん、名波さんと約束しているから出かけてくるね」

「あらそう、夜ご飯はどうする?」



土曜日の朝から、家族5人分の洗濯物に忙しい恵美子は、洗濯機から洗い上がった服を出しながら夜ご飯の心配をする。



「あー多分、式の打ち合わせだけだから直ぐに帰ってくるよ。もし長引いたら連絡するから」

「分かっていると思うけど、夕飯の買い物は3時くらいにはしちゃうからね、それまでに連絡しなさいよ」

「分かってる、いってきます」

「気をつけてね、名波さんによろしく~」



ベランダから、玄関にいる葵に向かって声を掛ける。



「はーい」



葵は、パンプスを履いて、家を出た。