「仁、いや、副社長。見合いしたんだって?」





 そう言って来たのは、仁の秘書をしている、瀬戸内 潤。仁の従弟にあたる。母親の理恵の妹の子供で、今年、33歳になる。潤も独身で、結婚をせっつかれているが、まだ、身を固めるつもりはなく、自由に恋愛を楽しんでいる。この家系は、顔とスタイルがいい遺伝子を受け継いでいるのか、申し分ない容姿を武器に、女に不自由していない。仁は、無表情でぶっきらぼうな男であるが、潤は優しい微笑で安らぎを与える男だ。経営者として孤独になる仁に、少なからず相談できる人間にいて欲しいとの両親の想いから、秘書になっている。本意ではないことは、潤の不満のあるところだ。





 「おばさんに聞いたのか?」





仁は、本社副社長室で朝の新聞をチェックしていた。





「クールな副社長が、何を企んでいるんだか。可哀想なその女を見てみたいものだな」





獲物でも狙うような目で、葵を想像している。





「お前は絶対に近寄るな、いいな。そんなふうに軽いから教えなかったんだ」

「そう言われると、近づきたくなるのが、人間よ」

「……」





新聞から目を離し、ぎろっと仁は睨んだ。





「……副社長、今日の予定です」





潤は手帳を広げ、今日のスケジュールを仁に伝えた。





「分かった」

「お前さ、何れは結婚をするとは思っていたけど、前触れもなく急だな。このスケジュールでいつ結婚するんだよ」





半年先まではびっしりと埋まっているスケジュール帳を捲りながら潤は呆れ声だ。





「それを調整するのがお前の役目だろ」

「簡単に言ってくれるよな、全く」





調整がどれだけ難しいかなど、仁にはわかるまい。すべての調整が自分に掛かってくると思うとがっくりくる。





「なあ、潤」

「なんですか? 無理難題を平然と押し付ける副社長」





秘書でありながら、不貞腐れて、応接セットの大きなソファにふんぞり返っている。仁の方を見ることなく、天井を見ながら嫌味たっぷりに返事をする。





「……見合いをして、結婚する。式までの間は何をする?」

「仕事は出来ても、好きな女一つ喜ばせてあげられない副社長、結婚が決まっているんだから指輪を買ってやったり、デートをするんだろうが! 仕事をしろ! 全く」





潤は、足を一度振り上げ、その反動を利用して、立ち上がる。ふんと言って、部屋から出て行った。





「そうか、そうだよな。ありがとう」





浮かれている仁は、潤の背中に礼を言う。完全に浮かれている。

頭の中は婚約者でいっぱいだ。これだけ嫌味を言っても響かない。潤は、副社長室のドアを閉めて、ドア越しの仁を睨むように見る。



「ネットを見ていないで仕事をしてくださいよ、副社長。本日も分刻みで仕事がありますから」





仕事をそっちのけで、婚約指輪でも検索しているだろうと踏んだ潤は、勢いよくドアをあけた。





「……」





カチッとクリックする音が聞こえた。

やはり、ネットを見ていたのだ。俺の目を誤魔化そうとしたって無駄だぞ。潤はそう目で訴えた。