「葵がいないと俺は立っていられない。一緒に東京へ帰ろう」

「……仁さん」





何より待ち望んでいた言葉が聞けた。しかし、葵はまだ頷くことが出来なかった。

海風で乱れる髪をなで、仁は葵にもう一度キスをする。

葵はそれを受け止め、全身で仁を受け入れている。しかし、意地が邪魔をしていた。





「葵、離れたくない」

「……」





真っ直ぐに見つめる目は真実を物語っている。葵も分かっている。







仁が来ると、スタッフは落ち着かなくなる。まるで芸能人を見ているようだ。





「立花さん」

「なあに?」





初めて仁を見て以来、すっかり仁の虜になったスタッフだ。





「私、名波様が気になって、色々と調べたんですよぅ」

「何を?」





何を言い出すかと、葵は、ひやひやしている。





「名波様って、立花さんが働いていたプレシャスホテルで披露宴をしたんだってね」

「そ、そうね」

「名だたる政治家や経済界の要人が集まったって。写真が沢山載ってた」

「え!? 写真!?」





思わず大きな声を出してしまった。





「なんで立花さんが驚くの?」

「いや、別に……」

「でも、名波様の写真はあったんだけど、奥様が一枚もなくてね」





葵は、心底ほっとした。これで写真があってでもしたら、大騒ぎになるところだった。





「そうなの? 見たかったわね」

「そうでしょう? 立花さんも見たいなら、もう少し頑張って探してみる」





諦めるかと思いきや、探すと言い出し、葵は焦る。





「いいの! 全く見たくないから。それにお客様のプライベートを探るのは良くないことよ。だからこれ以上何もしたらダメ。いい?」

「言われてみればそうよね。分かった、もうしないわ」





ふうっと大きなため息が出た。





「でも……」

「でも!?」

「いつ見ても仕上がってる顔よねえ」

「そんなことか……」





仁が宿泊に来るたびに部屋を訪れている葵は、いつかこのスタッフにばれるのではないかと、内心思っていた。

仕事中も部屋に行くと、離れがたさに、つい、長居をしてしまっていた。





「まずいわ。どうにかしないと」





葵は、仁にもこのスタッフにも対応を迫られていた。仕事終わりに仁の部屋を訪ねた。





「葵、お疲れ様。さあ、入って」





仁は、待ちかねていたように嬉しそうな顔をする。





「はい」





リゾートホテルで離れの客室があるのは、こういう時に良い。まず、人に見られない。しかし、仁のファンであるあのスタッフは、要注意だ。



仁が会社でリザーブしているこの客室はプール、プライベートビーチ、ミニキッチンがあって長期滞在するにはとてもいい。





「どうかした?」





憂鬱顔の葵を心配した。





「仁さんのファンの子がスタッフにいるんだけど」

「俺のファン?」





仁は、思わず鼻で笑ってしまう。