なんだかんだと一時間の支度を終えた葵と瑠璃が、フロアに出ると、馬子にも衣装と言わんばかりにホステス達が葵を囲み、褒めていた。





「葵ちゃん。いつもボーイッシュだけど、なかなかいいわよ。結構胸もあったのね」



葵の胸元をまじまじと見る。





「やめてくださいよ」





葵は、髪をショートにしている。ずっと長かった髪を、最近カットしたのだった。

ドレスは、ピンクベージュのワンショルダーになったシフォンのロングドレスだ。基本、ホステスは自前で衣裳を用意しているが、ハプニングなどあったときの対処用に何点か常備してあるのだ。

瑠璃が自前のメイク道具で薄暗い店内でも映えるようにと、葵にしては派手なメイクをしてもらい、気恥しくもあった。顔に厚みが出来ているのが分かる程の厚塗りである。





「名前はそうね、さつきちゃんにしましょう。みなさん、今日一日はさつきちゃんでお願いしますね。フォローも忘れずに」



ママは、ホステスを前に言った。

開店前にミーティングが行われている。葵は仕事でいつも開店してから出勤しているので、参加をしたことはない。今日は、ホテルの仕事が公休日でバイトが入っていたために、早くこられたのだ。





「はい」





店は開店と同時に混み始め、ホステスの足らなさを実感できた。葵は各テーブルから、名前が呼ばれ、忙しく歩きまわっていた。慣れないドレスが歩きづらく、何度も裾を踏みそうになる。

ママが手を挙げて、そのテーブルに行くと、お酒を作り、灰皿を替えた。氷も取り換え、ママにアイコンタクトを取ると、もう下がっていいわ。と読みとれ、テーブルを離れようとした。その時に一人の男性に目が留まった。5人程で来店して、席もVIPルーム。相当な上客だ。

年も、50代が多いなかで、その男性は若く目を引く容姿だった。若い経営者か。と思っていたのだが、どうも様子がおかしい。お酒を飲めば顔は赤くなるはずなのに、その男は何故か青い。アルコールが弱いのかもしれない。このメンバーでただ一人若ければ、勧められるお酒を断れないのも当たり前だ。





「お客様、こちらのお酒をどうぞ。……ウーロン茶ですがお酒にごまかすことが出来ます。どうぞ」





男性の前にグラスを置きながら、小声でそう言った。





「……ありがとう。助かる」





それから、何杯か同じ様に作り、たまに水に変えながら、男の様子を見ていた。男はお酒が落ち着いたのか、顔色も戻って来ていた。

VIPの客を送るとき、ママと支配人、ホステスは外まで見送りに出る決まりだが、葵は店内で送り出した。





「君の名前は?」





男性は帰り際に葵に聞いた。





「さつきです」

「さつきさんか。ありがとう」



優しい物言いに、葵は、品の良さを感じた。





「ありがとうございました。またのご来店、お待ちしております」



葵は、にこやかに挨拶をして、送り出した。

その時の男性が仁だったのだ。