お見合いから三日後、義孝は神妙な面持ちで帰宅した。





「おかえり、お父さん」

「ああ……」



休みで家にいた葵は玄関で義孝を出迎え、ビジネスバッグを受け取った。ネクタイを緩める姿が、何か重苦しく見える。





「何処か具合でも悪いの?」

「いや……」





口ごもったまま、部屋に入りスウェットに着替えると、キッチンにいる恵美子にビールを出させた。いつもならグラスに移し替えて飲む義孝だが、今日はプルトップを開けると、そのまま口に持って行き、一気に半分を飲み干した。缶を置いた顔が、苦みを伴った苦しい顔をしていた。それは、ビールの苦みじゃないことがはっきりとわかる。





「ちょっと、お父さん、どうしたの?」





さすがの恵美子もその様子に戸惑い、エプロンで手を拭きながら食卓テーブルに座っている義孝の元に行った。

葵も心配になり、いつもの定位置に座った。




「……葵、見合いの話だが」

「ああ、うん。どうした? 断ってくれた?」



葵は、当たり前のことのように、答えた。





「それが、向こう様は話を進めてくれと言って来た」

「え!?で、でも、断れるよね? いくら部長さんの持ってきた話でもさ」





葵は断ってくることを前提に考え、憑き物が落ちたようにすっきりとした毎日を送っていたのだ。それが、今日、今、爆弾となって降ってきた。慌てふためいて、思わず、立ち上がる。





「葵、それがな、見合いをした相手……名波グループの総帥が両親の息子さん。つまり、副社長だったんだ」

「う、嘘でしょ!? 商社勤務のサラリーマンじゃないの!? そんな雲の上の人が何で私を!?」

「お、お父さん! それじゃ葵はもう断れないってこと!? そんなのってないわよ!」


恵美子も流石に身を乗り出してびっくりしている。更に、腕を掴んで、揺すった。





「……お父さん……それ、もしあたしが断ったら、お父さんは仕事……クビ?」

「……」





義孝は無言で答えなかった。そして、残っていたビールをまた一気に飲み干すと、缶ビールを片手で持ち上げ、恵美子におかわりを催促した。

暫しの無言がいつも明るい食卓を、重い空気に替えていた。





「はい、お父さん」





恵美子がビールを差し出すと、また義孝は一気に飲んだ。




「お父さん、私、直接会ってお断りしてくる。それで、お父さんは辞めさせないようにお願いするから」

「葵……お父さんはな、別に今の仕事に固執しているつもりはないんだ。ただ、辞めるとまた派遣で仕事をしなくてはならなくなるだろう。葵の夜のバイトも辞めさせたいのに、出来なくなる。楓や翔もバイト三昧だ。お母さんだって土日もなく仕事をしてくれている。そのことが気がかりなんだ」

「お父さん、今時の家庭は主婦もパートに出ているのよ? 私はお父さんと結婚して裕福なマダムをさせて貰った。パートだって社会と繋がっている気がして嬉しいのよ。 疲れてぐうたらしたって、言い訳が出来る。ご飯だって、お惣菜を買って楽をすることもできるの。だから楽しいわ」

「お父さん、私のバイトのことは気にしないで。ホテルにばれさえしなければ、あと二年、楓と翔が卒業するまでなんだから」

「お父さんも、葵には本当に好きになった人と結婚してもらいたいんだ。まさか、こんな借金まみれの家庭の娘に、こんな見合い話が来るなんて思いもしなかったが、そこを気が付くべきだった。お父さんが浅はかだった」



義孝は、残りのビールを煽るように飲み干し、缶を潰した。

余程ショックだったのか、食事をせずにお風呂に入ると寝室に入り寝てしまった。

お見合いが終わり、気分も晴れやかに過していた日々がこうして、終わりを告げた。