【短編】穴

「途中まで行ったんだけどな。大婆に怒られて、引き摺りだされたよ」



―――…。



「なんだ、おじいちゃん、やっぱり落ちたんだ!便所に!」


お兄ちゃんはツボだったのか、笑い転げている。 


排泄物に塗れた姿を想像すると、確かに笑える。 


でも――


私には、自分の身に起こった不思議な体験に、何とも言えない気持ちになった。


夢ではあったけれど――。

50年という歳月を経て、おじいちゃんと同じ体験をしたことを……。 


「ん、美奈、どうかしたのか?」


お父さんが不審に思って尋ねてきた。


「なんでもない」とだけ、私は答えた。



――誰にも言わず、このまま私の心の中にしまっておこう。