「見て見てー!トオル君ー‼︎」
スイ、スイ…って、スムーズじゃないけどね…。
「上手い上手い!」
こっちはホントにスイスイ。くそっ…やっぱ負けるぅ。
三月初旬。トオル君とリンクに通い出して四回目で、やっと私、前進だけできるようになった。
何度も転んで、その度に起こしてもらったけど、今はもう大丈夫。バランス取るコツ、ちゃんと身につけたから。
滑れるようになるとやっぱ楽しい。
仕事覚えて、一人でできるようになった時と、同じくらい達成感ある。

『ほのぼの園』で勤めだして半年近く経った。以前に無くした目標も思い出し、今は元気よく働いてる。
「人を笑顔にする」
いつも心がけてきた目標。
でも、それは私が相手にしてあげる事じゃない。相手と一緒になってしていく事…。
「ずっとここで働かせて下さい。パートでもバイトでもいいので」
私の理想が詰まってるユートピア。ここの空気に触れて、私は笑顔を取り戻せた。
勿論よ!と松田さん快諾。何故かと言うと…。
「三月末で玉野さんが結婚退職するから、前島さん、正規職員で働いてね」
「えっ…!」
ビックリしないでよ!その相手と言うのはね……
「あっ、前島さん!偶然っすねっ‼︎ 」
(ゲッ…!藤堂さんっ‼︎ )
この人…。この人だよ!玉野さんと結婚すんの…!
「こんにちは。ミオさん」
おっとりふんわり。可愛いなぁ、玉野さん…。
「お二人もここでデートですか?」
藤堂さん、私の隣に立ってるトオル君に会釈した。
「う、うん…まぁ…」
彼と初対面のトオル君、なんて思ってるだろう…。
「前島さんって、スケート出来るんですね。意外です」
「ハルさん、言葉謹んで!」
一回り近く下の彼女に怒られてるよ…あはは。
「彼に教えてもらって、何とか滑れるようになったとこ。…あっ、こちら小野山亨さん」
「こんにちは。初めまして。小野山です」
「は、初めまして…」
二人ともビクビク。あはっ。ゴメンね、トオル君。私がポリスマンと付き合ってるって話したからだね。
「…じゃあ私達、あっちで滑って来ます。また職場で!」
そそくさ…と玉野さん、藤堂さんを連れて行く。あの軽い口で、余計な事言い出さないうちに。
「あの二人ね、結婚するんだって。だから玉野さん、今月いっぱいで退職なの」
「ああ、そうか。それでミオが正規職員で働くんだ」
「そういう事!」
リンクから上がってベンチに座る。
氷の上でスケート靴は慣れたけど、氷以外の所は、今一つ苦手なまま…。

私達、結婚しようとお互い決めはしたものの、“いつ”するかまでは決めてない。だから、正規職員で働くことも引き受けた。
「私、園で働いてると、“笑い”って、つくづく大切だな…って思う。生きてることを実感するし、何より皆がとても楽しそうなの。家族じゃないのに、家族みたいで…」
温もり溢れる木造園舎。そこに集う人々の笑い声。最初からあそこは、私にとって特別な場所だった……。
「私…あそこに勤めてる限り、ある日急に一人になっても、自分は大丈夫なんじゃないかって気がする…。だって、皆が私の家族みたいだもん…」
トオル君、私の話、黙って聞いてた。
結婚しても仕事続けたいって、言ったようなもんだからね。
「ミオ…」
「…な、何⁉︎ 」
暗い声出して…ヤダなぁ、もう…。
「僕はミオにとってどんな存在?家族じゃないのか⁈ 」
真顔になってるよ…。困ったお巡りさん…。
「家族ですっ!トオル君がいるから、仕事も頑張って出来るの!だから…」
ギュッ…。腕にしがみついた。
(あったかい…ホッとする…)
「離さないでね。私のこと…」

握り合う手から伝わる体温。
『ほのぼの園』とは比べられない、大事な存在。

ーーー“お試し” の中から見つけた、明日への道しるべ……