明日の地図の描き方

ウィーン…ガシャン
ウィーン…ガシャン
コピー機の隙間から漏れる光、ボーッと眺めてた。
『ほのぼの園』の昼休み。節分用の鬼の面、下絵をコピー中。
極力何も考えないようにしてたから?私の耳、さっぱり聞こえてなかったらしい。
「前島さんっ!」
「うわっ!」
大きな声にビクついた。すぐ隣に保育士の藤堂さん立ってた。
「な…何驚かすんですか!もうっ…」
心臓ドキドキ。思わず怒った。
「こっちこそ、何回名前読んだと思ってんですか!」
「えっ…」
「鬼の面のコピー、子供達の分も頼もうと思って声かけてたのに返事もしなくて」
だから側まで来て声かけたんでしょ!と藤堂さん。
「全く…耳聞こえなくなったのかと思いましたよ」
コピーした下絵、数えながらブツブツ言われた。
「すみません…意識完全にぶっ飛んでました…」
お面作成に必要なテープに輪ゴム、確認しながら平謝り。
「前島さんが意識飛ぶ程ボーッとしてんの珍しいですね。寝不足ですか?」
また遅刻しないで下さいね…と笑われた。
「き…気をつけます…」
後にも先にも一度きりの遅刻。二度としないように気を張ってはいるけど。
(ダメだ…。気を抜くと、ついボンヤリしちゃう…)
何も考えないように……と言うより、何も考えられない……。
なんでそんな風になったか…って、原因はあの冬山登山ーー

私の逆プロポーズに、トオル君、目を丸くしてこう言った。
「しない」
「えっ…」
「結婚しない」
「はっ…⁈ 」
はっきり言って、頭の回転鈍かった。
勢いで言ってしまった言葉は言い方を間違えるし、さっきまで結婚云々言ってた本人からは断られるしで。
「さっきの話はただの言葉の綾。今はまだ、結婚なんて考えられない」
あっ、でも、ミオのことは好きだし、大切に思ってるよ…って、付け足すように言われてさぁ…。
「…最っ低……トオルのバカッ!!」

それっきり、一切口きいてやんなかった。そのまま、今日で二週間。
全く連絡取ってないし、向こうからもナシ。人の縁って、案外切れるのカンタンなんだね。

仕事済んで、駅に向かう道すがら、着信とメール確認。当たり前だけど、今日も何もナシ。
当然だよね、もう終わったようなもんだもん。私達の関係…。
(“お試し”すんのやめて、真剣に生きよう。トオル君と二人で…と思ったからプロポーズしたのに…)

「ーーーしないんらって。ワラシと…ケッコン…」
ビール何本目?って判らなくなるくらい飲んでも酔えない。最低だ。今日も…。
「…ミオちゃん、もうそのくらいで止めときなって…」
理子ちゃんの部屋でグチグチ憂さ晴らし。ちっとも晴れてなんかないけどね…。
「その小野山さんて人も、まだその気ないってだけで、ミオちゃんのこと嫌いな訳じゃないんでしょ?だったらいいじゃん、そのうち考えてくれるようになるよ」
だから待っててごらん…って、理子ちゃんカワイー。
「らったらさ、そー言えばいーじゃん…?れもあの人れ、ハッキリワラシに言っらんらよ!今はまら、ケッコンし・ら・い!…っれ…」
呂律、完全に回ってない。自分で自分が何喋ってるか解読出来なくなりそう。まるで、居酒屋で若いお姉ちゃん相手に管巻く酔っ払いみたいだ、私…。
「ワラシはー…本気れケッコンしれ…っれ、言っらろり…」
発音ボロボロ。全てラ行発声になってる。
「らのりさ…ひろいよれ…?あんら…いいから…」
愚痴から発展してとうとう泣き出す。最悪のパターンだ。
理子ちゃん、とうとう手に負えなくなってきたっぽい。私を置いて、部屋出て行った。
(あーあ…)
人の部屋で何やってんだ、私…。
カラカラ…ビールの空き缶かき集める。一本、二本、三本…って、数もまともに数えられてるか分かんない。
それなのに、心底酔えないなんて、ホントに最低だ…。
ヨロヨロしながら理子ちゃんの部屋出る。廊下の向かい側の部屋から顔出した彼女、心配そうに聞いた。
「帰るの?泊ってけば?私の部屋貸すよ」
「いい…あんがろ…」
空き缶の入ったビニール袋、理子ちゃんに手渡す。幾ら何でも、持っては家に帰れない…。
親には心配、かけたくないから…。

自分ん家は隣。歩いてたったの数十メートル。ヨロついてても帰れるラッキーな距離。
「たらいまー!」
フラフラしながら靴脱いだ。
「ふぅ〜…」
(あーあ…なんだか眠っ…)
フワフワの玄関マットの上、気持ちいい。猫みたいに転がった。
(あれ…?なんかお母さんの叫び声する…?どしたんだろ…?)
意識沈んでく。そのうち何だか身体ユラユラ揺れてる気がして…。
(ふふふ…気持ちいい…ハンモックみたい……)
そのまま完全に意識消失。そしてーーー

「ミオ!起きなさいっ!」
ガバッ‼︎
大きな母親の声に飛び起きた。
「あれ…?」
ここ、自分の部屋…⁈
(私…部屋まで上がって寝たんだ…へぇー…)
我ながら感心と思いきや、母親に大きな溜め息つかれて呆れられた。
「飲んだくれて帰って来て、玄関マットの上に転がってそのまま寝込むなんて…。ミオ、お母さん恥ずかしくて顔から火が出そうだったわよ!」
えっ…何故そんなに怒ってるの…?
「小野山さんがいて下さったから良かったようなものの、いなかったらお父さんと二人、途方に暮れる所だったわ!」
(えっ…小野山さん……?って…)
「トオルくっ…!」
ズキッ‼︎
「痛っ!」
頭痛い…これ、もしかして二日酔い…?
「ど、どういう事…」
こめかみ押さえながら聞いた。
「トオル君…来てたの…?」
ズキズキ…初めてだ。こんなにひどい二日酔い…。
「来てたの…って、あんた何言ってんの!小野山さん、結婚のご挨拶に来てくれてたのよ!」
「エエッ!…うっ!…」
痛ーーーっ……‼︎
(な、何よ、それ、どういう意味…⁉︎)
考えてないからしないって言ったじゃん…どうなってんの⁉︎

話の続き、取りあえず後にして…って頼んだ。ズキズキする頭抱えたまま、冷静には聞けない。今はとにかく、まず酔いを覚まさないと。それから……
ケータイ調べた。メール一件、トオル君からだ。
『今から自宅に伺います。大事な話があるから』
私、余程酔ってたらしい。メール着信音、全く気づいてなかった。
(ヤバイ…とにかくお風呂入ろう!あっ、その前に水!水いっぱい飲まなきゃ…‼︎ )