水曜日、八時半。当日の勤務者全員でミーティング。
「前島美緒です。よろしくお願いします」
三ヶ月ぶりのジャージ姿。履き慣れたこの感触、懐かしっ!
「前島さんは施設経験者なので、ご年配の方のケアにあたって頂きます。デイのことは何もご存じないので、皆さん丁寧に教えてあげて下さい」
管理者の松田さん、そう言って紹介してくれた。
デイサービスの担当者は、常勤の方が三名いらっしゃる。
染谷さんと大蔵さんという五十代の大先輩二名と二十代の玉野さん一名。
定員十名ほどの小規模デイサービスだから、月曜から金曜まで毎日出勤なんだって。
「前島さん、頼りにしてるわよ!」
「よろしく頼むわー」
勢いのある先輩方二人に押され、早くも広がる不安。大丈夫かなぁ。
「心配しなくても大丈夫ですよ。あの方達、元気なだけですから」
悪い人達じゃありません…と、玉野さん教えてくれる。彼女は福祉専門学校の卒業生で、四月からここで働いてるそうだ。

デイサービスは、一般的に送迎付きが普通だけど、ここのシステムは変わっていて、家族が送り迎えをするようになってる。
「こちらが送迎すると、どうしてもご家族の自由な時間が決まってしまうでしょ。だからうちでは、ご家族の都合に合わせて送迎して頂いてるの」
だから日により、送迎時間が変わるんだって。
登録されている利用者さんは現在二十名。毎日来られる常連さんから週二、三回の方までと、レベルによって違うらしい。
九時になって、お年寄りと子供達が通園して来る。玄関では、保育士さんも一緒にお出迎え。
「前島さん、よろしくお願いします」
ばったり会った藤堂さん、先に挨拶されちゃたよ。
「こちらこそお願いします。いろいろ教えて下さい」
多分、年齢一番近い気がする。他の人より、なんとなく話しやすいかも。
保育士さんは他にも二名いる。香本さんと宮部さん。どちらも二十代の既婚者で子持ちのママさん、大人だぁ。

「おはようございまぁす!」
ご自宅から通って来られる利用者さんだけあって、皆元気いい。施設とはまた違った元気良さがある。
「おっ、新人さんだね」
ニックネームはコーモン様とおっしゃる利用者の西村さん、早速私に気づいて下さった。
「前島と言います。よろしくお願いします」
名札見せてご挨拶。デイの基本は挨拶と元気の良さだと、先輩達から教わったばかり。
「よろしくお願いします」
丁寧なお辞儀。こっちが気が引ける。
来られた方からホールへ誘導。看護師免許を持ってる松田さんが、お一人お一人の体温や血圧を測っていく。
「前島さん、手伝ってくれる?」
早速、体温計と血圧計手渡された。
測定しながら顔見せ。週の半ばの水曜日は、最大十名の定員がキッチリだ。
その後、軽くお茶して、入浴の方を浴室へ誘導。その他の方はホールで体操やレクに参加。これもそれぞれ、担当がローテーションで決まってるんだって。
(結構ハードなんだな…デイサービスって…)
研修先で、いろいろと聞いたことはあったけど、実際やると聞くでは大違い。私にとっては、見るもの聞くもの、全て新鮮。
レクを担当してる玉野さん、専門学校でレクリエーションの資格取ってるとかで、確かに上手い。見かけはおっとり派なのに、動きは断然スピーディだし、声も大きい。
(あんな子って、学生の頃から優秀なんだよね…きっと)
ついつい上から目線。いけないけない、ここでは私が一番の下っ端だった。気を引き締めて、先輩の様子を見ておかなくちゃっ!

午前のメニュー以外にも希望に合わせ、散歩や会話に付き合う。そして気がついたら、あっという間にお昼になってた。
昼食は子供達も一緒に交流室で食べる。利用者さんも子供達も、モチロン職員も、お弁当持参で全員集合。
(送迎したりお弁当作ったり、ご家族の方、スゴイなぁ…大変じゃないのかな?)
と思いきや…
(そっか、今時は冷凍食品って手があったか!)
全部とまではいかないけど、所々入ってる。そうだよね、そうでなきゃ、大変だよね。
(子供達も似たようなもんだしね)
保育園に預けるお母さん達、お仕事掛け持ちで忙しいから。
でも、どんなお弁当でも、この雰囲気の中で食べるなら美味しいはず。
ワイワイガヤガヤ…賑やかな食事風景。おかずの取っ替えっこしたり、分け合ったり。なんだか本当に家族みたい。
(ステキだな…)

「…前島さん、食べないんですか?」
弁当袋片手に側を通った藤堂さん、ぼんやりしてる私に声かけた。
「あっ…食べます食べます」
初出勤だからって、母親が作ってくれたお弁当。感謝感謝!
パカッ…
「ほぉ…前島さんの弁当は、全部手作りだねぇ」
コーモン様、鋭いチェック。
「誰が作ったんだい?」
「母です。今日は初出勤だからって、特別に」
娘がニートだの引きこもりだのにならずに済んだのが、余程嬉しかったらしい。
「いいお母さんだねぇ」
「いえいえ、きっと今日だけですよ」
仕事始めただけじゃなく、私にマジ交際してる彼氏までいるって知ったら、きっと腰抜かすだろうな、うちの親。
「ふふっ…」
笑いこぼれる。仕事しててウキウキした気分になったの、今日が初めてだ。
「なんですか?今の笑い。意味深だなー」
藤堂さんの言葉にギョッとした。もしかして、見られてた…?
「ここの食事風景があまりにステキ過ぎるから、ちょっと嬉しくなってしまって。それでつい…」
慌てて取り繕い。でも、正直ホントにそう思う。
「確かにここで昼メシ食うのはイイですよね。だけど、ウチ帰って一人で食べる飯が、不味くて不味くて…」
大袈裟に嘆く藤堂さん、一人暮らしなんだって。
「あはは…」
あらっ⁉︎ 自然に笑っちゃったよ。