「うーん…」
職安のモニター画面とにらめっこ。
福祉系以外の仕事探してるけど、私の年では制限がありすぎる。
「十二年も経験がおありなら、断然そちらの仕事をされた方がいいですよ。資格もお持ちのようですし、有利ですよ」
職安の人、そう言うだろうと思ってました。
「でも、なるべくそっち系の仕事したくないんです。パソコンは一通りできますけど、それじゃーダメですか?」
ワードもエクセルも、一応できるんだけど。
「今はパソコンも資格の時代ですからね。扱えるって程度なら普通なんです。要は処理速度の速さとプログラミングができるかどうかが重要で、そうでなければ、年齢が若い方が有利なんです」
つまり私みたいな程度の人は、企業にゴロゴロいるから要らないってことなんだね…。
「じゃあ…また考え直してから来ます…」
椅子から立ち上がり頭を下げる。職安の人、資格を活かしなさいって、決め台詞。
(言われなくても、最終的には使うことになると思うし…)
自動ドアをすり抜け外へ。
何故、職安に来たか?
親が心配してたから。三十過ぎた娘の行く末を、あれこれ想像してるから。
「はぁ…」
(福祉系サービス業か。やっぱりそれが一番の早道か…)
駅までの道、トボトボ歩く。
あーあ…どうしよう…。
失業保険はもらい始めたばかり。まだ猶予は少しあるけど、年明けからは本格的に探さないとヤバイよね…。

あのリンゴ狩りからこっち、小野山さんとは週一程度のペースで会ってる。
あの人は交替性勤務の仕事だから、私がそれにいつも合わせてるんだけど。
(なんだかんだ言っても、公務員だからな…)
時間はきっちり八時間だし、余計な残業なんかも殆どない。
「仕事終わったらいいなぁ…自由で」
自分がしてた仕事と比べっこ。サービス残業なんて、当たり前だったから。でもね…
「甘いっ!」
一喝されたよ。
「これでも自由少ないんです。いろいろと精神鍛錬してるから」
「精神鍛錬?」
また四字熟語。公務員向け用語⁈
「剣道場通ったり、ジムに行ったりしてるんです」
「あー…」
つまり、体鍛えながら精神も鍛えてるんだ。
「大変ですね」
治安を守るポリスならではだな。
「剣道、長いんですか?」
面・胴・小手?とか言うのですよね。
「小学生の頃から通ってます」
「へぇー…そんな前から?じゃあもう段持ちとか?」
「はい。まあ一応」
当然か。二十年は続けてるって事だもんね。
「すごいなぁ…私、何も無いですよ」
あるって言ったら、福祉系の資格だけ。それでもゼロよりマシだと思うけど。

(だからって、そっち系の仕事、したくないんだよね…)
何がイヤとかじゃなく、自分に自信がない。また笑えなくなって、落ち込んでしまいそうだから。
(逃げてるだけって言われると、そうなんだけどさ…)
踏切に引っ掛かって立ち止まる。列車が過ぎて行くのを目で追って、前を遮ってた棒が上がっていった。
(んっ…?)
向かい側に立ってる妙な集団。お年寄りと子供達?仲良く手を繋いで、宗教団体かなと思ったけど…。
「渡りますよー」
保母さんらしき人が付いてる。一体どういう集まり?
道を避けた私の側を、ぞろぞろと通って行く。その先に見える、園舎っぽい建物。
そこの門を開けて、中に入ってく。
(何なの?あそこって…)
完全に野次馬化してる。関係も何もないのに、好奇心だけで寄って行った。

『ほのぼの園』
(障害者施設…じゃあないな。さっきの人達、どう見てもお元気そうだったもんね…)
老人系?児童系?一体何なの?
気になる看板目の前にして、キョロキョロ中を覗いてたもんだから、職員の方が出て来てしまった。
(ヤバッ…)
今逃げたら完全に不審者になってしまう。だから逃げることもできやしない。
(いいや、ついでに何の施設か聞いてみよう)
開き直ってスマイル。これもちょっと怪しいかも。
「こんにちは、何かご用ですか?」
ドキッ。そう聞かれると答えにくいな…。
「すみません…今さっき、ここに子供達とお年寄りが入って行くのが見えたから、何の施設かと思って見てました」
単なる好奇心です。ホントにごめんなさい。
ヒヤヒヤしながら職員の方を見た。その方、ニッコリ微笑まれた。
「ここは保育園とお年寄りのデイサービスを併設した建物です」
(デイと保育…一緒にやってんの⁈ )
聞いたことはある。無認可の保育園には、そんな所もあるって。でも、実際に目にしたのは初めてだ。
「あ…あの…」
思い出す笑顔。子供達と触れ合った後は、特別輝いてた…。
「中を…拝見させて頂けませんか?」
急なお願い。名乗ってもいないのに。
「いいですよ」
責任者らしき方、アッサリOK。カチャン…と鍵が開けられ、扉を開いてくれた。
「どうぞ、お入り下さい」
一礼して敷地内に入る。園庭の側に大きなイチョウの木。その下にはベンチとテーブル。花壇や噴水まであって、まるで公園みたいな雰囲気に仕上がってる。
(ステキ…)
施設と言うより、ペンションみたい。中がとっても楽しみ。
玄関の低い三和土を上がり、受付帳にサインする。
「前島美緒さんね」
責任者の方、きちんとフルネーム確認して顔を見た。不審者じゃないって分かってもらえたかな。
「私、ここの管理者をしております、松田千野(まつだ ちの)と申します。本日はようこそ『ほのぼの園』へ」
「急なお願いを聞いて頂き、ありがとうございました」
頭を下げる。こんな失礼、普通ならシャットアウトだ。
一緒に見学開始。キィキィと軋む廊下の床。この建物自体、かなり古そうだ。
「ここはね、私の父が経営してた保育園が始まりなんです。かれこれ五十年以上前かしら。だからあちこちリフォームしてるんですよ」
木枠の窓とか、最近の住宅には見られないでしょ?と笑ってる。でも、その窓も、腰板の温もりも、暖かで柔らかいここの雰囲気に合っている。
「ステキですね…」
外観はすごく気に入った。こんな所があるんだ…って、再発見した気分。
「保育園とデイは、交流室を挟んで分かれています」
先に案内された保育施設。定員三十名程なんだって。
「うちの園を利用される方は、皆さん他所の待機児童ばかりですから、入れ替わりもよくあるんです」
駅から近いという利点もあって、一時保育的なこともやってるんだって。
「子供達の部屋は全部で三部屋。三歳児までが一部屋で、四・五歳児が一部屋。六歳児は小学校入学も控えてるので、また別に設けてます」
六歳児のクラスになると、もう卒園までここにいるって人が多くなるらしい。
「ここのウリはね、交流室で毎日、高齢者の方と触れ合える所なんですよ」
保育園とデイサービスの部屋の真ん中にある交流室と書かれた部屋。中では子供達とお年寄りが、おやつを食べてる最中だった。
「一緒に食べるんですね」
「ええ。お昼も一緒ですよ。だからうちでは、皆さんお弁当持参なんです。給食設備がありませんから」
「へぇ…それもいいですね…」
仲のいい家族みたい。お爺ちゃん、お婆ちゃんに甘えられて、子供達もお年寄りも嬉しそうだ。
「交流室には昔ながらのオモチャも置いてあって、それを使って一緒に遊んだりもします」
お手玉やコマ、昔のオモチャにはゲームにない良さがあり、お年寄りが主役になれるから…って、なるほど確かにね。
(いいなぁ…こんな所で世代交流が自然とできるなんて…)
勤めてた施設では、絶対にあり得ない環境。整えようと思って、できることじゃない。
「素晴らしいですね…」
素直な感想。それを管理者さん、とても喜んだ。
「ありがとうございます。私達の自慢なんです。ここ」
いい笑顔だ。こんな風に自分の施設を自慢できるなんて、ホント羨ましい。
(いいな…こんな所で働いてたら、私も自信戻るかな…)
案内する管理者さんの後ついて行きながら、考える事はそればかり。ウズウズ。こうなるとやっぱり、あれしかないでしょ。
「あの…私をここで働かせて下さいっ!」
ーーあっ…ヤバイ。言葉だけ先走った……。