いろはにほへと












カチャカチャと、食器の擦れる音がする。
食後に飲んだ珈琲の香りが、まだ部屋に漂っている。私と澤田は紅茶を飲んだけれど、その香りは消えてしまったようだ。


「中条さんの、お父さんもお母さんも、、良いよね。」

皿を洗う私に、拭いてくれている澤田が、そう言った。
母は、テーブルを拭いていて、父はソファに座って新聞片手に、隣に座る桂馬と何やら話し込んでいる。




「良い、とは…?」


澤田の漠然とした物言いに訊き返すと。


「ウチは、共働きだし、いつも忙しくしてて…こんな風に、話したり、一緒にご飯を食べたりなんて、もう長いこと、無いから。思い出せないくらい。」

彼女は寂しげに笑って答えてくれた。

私は気の利いた事が何1つ返せないまま、ぷくぷく膨らむ洗剤の泡を見つめる。


「ーだから、大丈夫だよ。こんなしっかり愛してくれる両親だもん。中条さんが思う通りに行動しても、それは、この素敵な2人が中条さんに今まで教えてきた事なんだよ。」


電話で、父に言われた事とトモハルのチケットの話を澤田にはした。
ルーチェが活動再開することは、テレビではまだ報道されていないし、どこの雑誌もスクープしていない、極秘のことなんだろうと教えてくれた。


《そのチケットは幻なんだよ、きっと。まだ誰も手にしてない。販売したら数秒で完売するタイプ。》


澤田はそう言ってから、電話で話してても埒があかないから、今から会いに行ってもいいかと訊いてきたのだ。