いろはにほへと


そう思った瞬間、ガクンと電車が揺れて、思い切りバランスを崩した。


踏ん張ることも出来ず、このままじゃ押し潰されてしまうかもしれないと一抹の不安を覚えたその時だった。


ドアのちょうど私の目の高さ位の横に、掌が置かれて。


「ーーー?」


同時に、私の周りだけ空間が出来た。


驚いたけれど、振り返ることは叶わず、誰が自分を守ってくれているのか、分からない。

ただ、私を挟むようにして、置かれている手だけは見えて。


もしかしたらと心拍数が上がる。


そして、地下鉄に入って、電車内が窓に映った時、漸く予想が確信に変わった。



頭をすっぽり覆うフード。

サングラス。

マスク。


思いっ切り不審者の格好で、私に空間を与えつつ、覆い被さる彼の正体は、桂馬に間違いなかった。


分かったからといって、安易に言っていい名前ではない。


気付いても、口に出さずに、けれど背中が恥ずかしくて、手を見ることもできなくなって、結局降りる駅に着くまで、俯いて自分の靴を見ていた。