いろはにほへと

ー以前は、誰かといることの方が、ずっと勇気が要ったのに。


つい数週間前迄と同じ登校時間、校舎内に生徒の姿は見当たらない。


それがほっとするようでもあり、怖いようでもあった。


同じ色の靴ばかりが揃う下駄箱のひとつが、私の外靴で一点だけ変わる。

時間も空気も止まっているような空間を、パタ、パタ、自分の足音だけを聞きながら、階段を上った。


当たり前だけれど、黒板も黒板消しも、私の机も、同じ位置にある。

私は鞄を置くと、黒板に近づいて、黒板消しを手に取った。


この日課は、いつでも自分の気持ちを落ち着かせるのに役立っていたから、今日も変わらずに、同じことをした。


だが。


カタン。


急に傍で音がして、無防備に背中を向けていた私は、思い切り、びくりと身体を震わせて、振り返る。



「驚かせてすまない。おはよう、中条。」


そう言いながら、教室の戸を開けて入ってきたのは、生活指導の葛城先生だった。