いろはにほへと





コンコン、控え目にノックが鳴って、開いたドアの隙間から、母がそっと顔を出した。


「ひなの、澤田さんが来てくれたけど、会う?」


時間の感覚はなかった。

が、澤田が来たという事は、学校が終わってからだろうから、夕方だろうか。


澤田とは、ルーチェの新曲リリースの日から、会う事はおろか、電話すら出来ていない。

どうしてかといえば、釈明に追われていたから、と言うしかない。

大して日にちも経っていないけれど。


澤田と共に居れば、それはそれで、迷惑をかけてしまうこともよく理解していた。澤田も大事な時期なのだ。


だから、純粋に嬉しかった。


「…会えます」


私がそう答えると、母はほっとしたような面持ちで優しく笑い、頷く。


「わかった。今、通すね。」




パタパタ。

母のスリッパの音が遠のくのを耳にしながら。



そういえば。


結局、出来上がったルーチェの新曲を聴けてないな、と思った。