いろはにほへと








数分後。



俺は一人残された形で、ソファの背もたれによっかかっていた。


口ずさむメロディーは、場違いな程、部屋に明るく響く。




望んで手にしたものは何だったか。

好きに歌を歌うこと、それだけで十分だったのに。

自分のことを好いてくれる人も増えて、見も知らない人が自分の為に泣いたり怒ったり喜んだりする。


家族とは距離ができてくるのに、家族よりも干渉されて。

テレビの露出を最低限に抑えても、道を堂々と歩き、好きに買い物に行くことすら出来ない。



いつしかそれが、苦しくなって。


逃げた先は、外国の様に、自分のことを知らないーいや、普通の、同じ人間だと思ってくれる人がいた。


それは当たり前の事なのに。


当たり前の事が当たり前じゃなくなっていってて。

小さな幸せを音にして、歌うことは、頂点ではできないと気付いた。



あの夏。


俺はあんなに救われたのに。


この世界が、どれ程苦しくて汚くて狡くそして狭いのか、分かっていたのに。



どうして、彼女を引き摺り込んでしまったんだろう。


ひらひらり、飛んでいた蝶を、籠に押し込む様にして。