午後の作業を終え夕食等を済ますと舎で封筒を開封する。どこにでもある茶封筒だが今回ばかりは尋常でないほど緊張する。まず間違いなく自身の書いた手紙の内容に対する返信であり、恨み辛みが書いてある事は必至だ。覚悟を決めて手紙を開くと、ボールペンで数行だけ書いてあるのが目に入る。


『唐沢様

お手紙拝見させて頂きました。
ですが、どんなに謝罪の言葉を並べられても麻友(まゆ)は帰ってきません。
私の中で麻友のことはまだ現実として受け止められない。貴女が憎い』


 最後の一文を読み。結衣は絶望にも似た思いを感じる。
(当然の気持ちだろうけど、本人からハッキリ言われるとショックね)
 手紙を握ったまま固まっていると加奈が近寄って来る。
「もしかして、子供からの手紙とか?」
「いいえ、子供と元旦那とは関係が完全に切れてるから。これは被害者遺族の方から」
「ああ、返事あったんだね、珍しい。死ねって書いてあった?」
「似たようなものね。多分そう書きたいのを我慢したんだと思う」
「そうよね。自分の子供を殺した相手を許せるはずがないもんね」
 加奈の言葉を聞きながら、結衣は次の手紙を書くべきかどうか悩んでいた。一週間後、ずっと悩みぬいた末、ペンを取ることに決める。許して貰うことなぞ毛頭無く、ただ謝り続けることが今の自分にできることだと判断した。


『藤本様

再びこのような手紙をお送りすることご容赦下さいませ。
手紙を送ることにより藤本様がお怒りになられ、無礼とそしられることも承知で筆を執っております。
藤本様から頂いたお手紙の内容、大変重く受け止めさせて頂きました。
私も娘が居た身なので藤本様の怒りと悲しみがどれ程のものか、それを想像するだけでも心が砕ける思いでございます。
しかし、私がどれだけ藤本様の痛みや苦悩を思い描こうと、藤本様が現実に抱いてらっしゃる痛みの幾分も、私が背負うことができないものと思います。
私が出来ることは自分の犯した罪を生涯背負い続け、生涯藤本様に謝罪することしかございません。
数年後、私が出所したとき、藤本様が私を断罪したいとおっしゃれば赴き、直接裁いて貰っても構いません。
ただ、刑務所の中ににいる今の現状では、このような手紙で謝罪の気持ちを伝えるほかありません。
どうか失礼ながら、これからも手紙にて謝罪せて頂ければと思います。身勝手とは存じておりますが宜しくお願い致します』


 手紙を書き終えると気持ちが変わらないうちに封筒に入れ、刑務官にお願いする。自分の手紙が例え自己満足だというそしりを受けても今の結衣には手紙を書くことしかできず、それが唯一の生きる目的のような気がしていた。

 手紙を送ってから一か月後。藤本からの返信は無いだろうと思いつつも、次の謝罪文を書こうとしていた矢先、結衣宛ての封筒が届く。宛名には藤本の名前が見てとれる。
(藤本さん。返してくれたんだ。読むのは怖いけど読むしかない)
 覚悟を決めると封筒から手紙を取り出す。


『唐沢様

お手紙拝見しました。前の手紙にも書きましたが、どんなに謝られても私は生涯貴女を許しません。
正直、事件当初はこの手で貴女を裁きたい気持ちに駆られることもありました。
けれどここは法治国家日本。私は裁きを司法に委ねることにしました。
懲役六年という判決が長いか短いか、判決が妥当なものだったのか私には判断つきません。
ただ、貴女が刑務所を出てきても麻友が帰って来ないことは確かです。
のうのうと生きている貴女が、これからも生き続けるであろう貴女が憎いです』


 読み終えると結衣は大きな溜息を吐く。その大きさに加奈が寄って来る。
「なになに、死ね死ね書いてあった?」
「もう、読んでいいよ。はい」
 手紙を渡すと加奈はさっと読んで結衣に返す。
「この藤本って人。凄く優しい人だね」
「えっ?」
「だって、こうやってアンタを責めることでアンタのことを救うことになってんじゃん。アンタ、責められる為に書いてんだろ? 十分な罪滅ぼし気分が味わえる」
(確かに、そういう見方もできる。単純に恨み辛みを吐いてくれてるとしても、それは私の望むところだし……)
「この藤本さんもアンタに当たることで感情のはけ口となってるだろうし。この手紙のやり取りって悪くないかもね」
「そう、だね。ちょっと楽観論な気もするけど、良いふうに捉えたいね」
「うん、マジな話、こういうのって珍しいよ? 普通は受け取り拒否だったり、手紙が読まれもしない事の方が通例だからね」
 加奈の言葉を聞きながら結衣はこの手紙のやり取りは大事にしないといけないと感じる。一方、この手紙により藤本が傷つかないようにすることも大前提であり、これからのやり取りも気を引き締めて掛かかろうと決心していた。