意識を取り戻すと自分の置かれている状況を確認する。身体に怪我はないが、椅子に縛りつけられており身動きは取れない。室内を見渡すと、どこかの廃屋ということだけは理解でき監禁されているのだと悟る。首を回してきょろきょろしていると背後から声がする。
「結衣、目が覚めた?」
「加奈? この縄は何。一体なんのつもり? 縄を解いて」
「アンタ馬鹿? 解くわけないじゃん。これからアンタを拷問して殺すのに」
 殺すという単語を聞いて結衣の顔は青くなる。結衣の正面に来ると加奈はニヤニヤしなが見つめてくる。
「アンタ、刑務所でも言ってたよね? 遺族のためなら死んでもいいって。だから心置きなく、お望み通り殺してあげる」
「ちょ、ちょっと待って。加奈が麻友さんの母親ってことは、慎吾君の元奥さんなの?」
「そうよ。イケメンで優しくて結衣を毎晩可愛がってくれる慎吾は、私の元夫。っていうか今も夫だけど」
「えっ、どういうこと?」
「ホントにぶいわね。慎吾、もうネタばらしの時間よ」
 加奈の声で物陰より慎吾が現れる。
「慎吾君!」
 呼ばれて出てきた慎吾は神妙な顔をしている。
「私と慎吾は計画して、アンタに復讐する機会を窺っていたのよ。刑務所での手紙のやり取りも、出所してからの生活も全て計画通り。ちょうど離婚していた慎吾とアンタを結婚させる。安心させといて、アンタとは離婚し再度私と結婚。そしてアンタが妊娠して出産したら子供もろとも殺す、そういう計画だったの」
 加奈は慎吾との婚姻届けを見せびらかせながら語る。真実を突き付けられ結衣は言葉を発することもできない。
「ホントはさ、アンタが出産してから計画に移すつもりだったけど。私の方に我慢の限界がきちゃってさ。もう殺すことにしたの。アンタも十分楽しんだでしょ? 慎吾とのおままごと」
(おままごと、そんな、幸せだと思ってた生活は全て虚像だったなんて……)
 ここ一年の新婚生活をおままごとと表され結衣はショックを隠しきれない。
「ショック受けてる? でもね、娘を殺された私達はもっとショックだった。アンタを殺すだけでは済まないくらいにね。刑務所でアンタと会ったとき、運命だと思った。神様が復讐しろと言っているように思えた。最初は恨みから突っ掛かっててけど、そんなことしてもコイツを苦しめることが出来ないと悟ってからは、真剣に復讐することを考え苦しみながら生きてきたよ」
 語りながら加奈はバッグから包丁を取り出す。
「でも、それも今日で終わり。まずアンタの大事な赤ん坊を殺して、それからアンタをじわじわ殺す。麻友を殺された痛みを思い知れ!」
(殺される……。嫌だ、嫌だ! せめてお腹の子を産んでから死にたい!)
 あまりの恐怖で真っ青な顔をしている結衣を見て慎吾が口を開く。
「加奈、待ってくれ」
「なに? まさか邪魔するつもり?」
「いや、そのお腹の子供は俺の子でもある。せめて俺にやらせてくれ」
「いやよ。だからこそ私が殺したい。こんな女の子供なんて穢れてるわ」
 目の前で繰り広げられる残酷な会話に結衣は堪らず声をあげる。
「最低よ、アンタ達! 人を騙してこんなことするなんて。慎吾君も、ずっと私を騙していたのね。最低だ」
「最低? なんの罪もない麻友を殺したアンタには言われたくないわ! 私達は当然の復讐をしているだけ。子供を奪ったアンタから子供を奪うのは私達に与えられた当然の権利。黙って座ってろカス」
「カスはアンタもでしょ。麻友さんを虐待して誘拐して懲役くらうとか、偉そうに母親づらするな!」
「生意気な! もう殺すわ!」
 加奈が包丁を構えた瞬間、間に慎吾が入り盾になる。結衣のみならず加奈も驚いた顔をする。前のめりに倒れ込み慎吾の足元には鮮血が流れ落ちた。
「慎吾君!」
 結衣の叫び声で加奈は我に返る。
「な、なんで? なんでこんな女の盾に?」
「愛してるんだ、結衣を……」
 慎吾の言葉を聞いて結衣の目に涙が浮かぶ。
「愛してるだなって、そんな、嘘でしょ? コイツは麻友を殺した相手よ? なんで?」
「なんでだろうな、確かに恨む気持ちはあった。出所したら復讐する計画だって最初は本気だった。けど、手紙から始まった同じ時間を過ごす中で、俺の中にある恨みの気持ちがいつの間にかに愛へと変わってたんだ。今では心の底から本当に愛してる……」
(慎吾君……、じゃあやっぱり私との新婚生活は本物だった……)
 涙を零しながら慎吾を見つめていると加奈が結衣の方を向く。
「許さない、許さない! 麻友ばかりか慎吾の心まで奪うなんて絶対に許さない! 死んで償え!」
 再び包丁を構えたところに、慎吾が加奈に脇腹に抱き付く。抱きつかれた加奈は驚いたふうに慎吾を見ると、そのまま覆い被さるように慎吾へ倒れこむ。よく見ると、加奈の脇腹には包丁が刺さっている。
「な、なんで、慎吾……、麻友が、麻友が、浮かばれないよ……」
「すまない。でも、結衣とお腹の子供も、麻友と同じくらい俺の愛する家族なんだ。せめてもの償いだ、俺と一緒に死のう、加奈……」
「慎吾…………」
 右手から包丁がすべり落ち加奈は意識を失う。吐血しながらも慎吾は携帯電話を取り出し、床に倒れながら救急へと通話する。
「慎吾君!」
「ごめん、結衣。騙してて。でも、さっき言ったように、結衣を愛する気持ちに嘘はないよ……」
「しゃべらないで! 傷口が開く!」
「いいんだ。僕はもう助からない。最初から、加奈と死ぬつもりだった。結衣が誘拐されたのは想定外だったけどね」
「慎吾君……」
「生まれてくる子供が見られないのは残念だけど、この一年間、幸せだった。ありがとう、結衣……」
「いや! ダメ! 死んじゃいや! 私を一人にしないで!」
「一人じゃ、ないよ……、お腹の子供と、仲良く、ね…………」
 そう言ったきり慎吾は目を閉じる。救急隊が到着するまでの間、結衣は椅子に縛られたままずっと慎吾の名前を呼び続けていた。


 一ヵ月後、忌中ながら出産を間近に控え、結衣は忙しそうに準備に追われる。タイミングよく出所してきた霧子が顔を覗かせ、渡りに船とばかりに様々な雑務を依頼した。本人もあまり家には帰りたくないようで、率先して結衣を助ける。
 入院の準備にと引き出しを開け印鑑を捜していると、見慣れない一通の封筒が目に入る。疑問を抱きながら中を覗くとそこには手紙が入っていた。恐る恐る取り出し開くと、そこには慎吾の文字が見て取れる。服役中に幾度も見てきた筆跡だけに結衣は瞬時にそれを理解する。そして、最後のラブレターとなる慎吾の言葉を受け取った後、その場で泣き崩れていた。


『結衣へ

この手紙が読まれているってことは、僕はもう死んでいると思う。
もしかしたら、真実を話せないまま死んでしまうおそれがあるから、
こうやって事前に書いておくことにする。
まず謝らないといけないことがある。それは結衣に近づいた動機に
ついて。ショックかもしれないけど、結衣と手紙のやり取りをする
動機は復讐だった。
元妻である加奈から同じ寮に麻友を殺した相手がいると知り、
そこからは加奈と企てて結衣に復讐しようとした。
でも、手紙のやりと取りを通して行く中で恨みより、結衣を慕う
気持ちが溢れてきた。
そして出所する前には完全に好きになっていた。本当なら復讐すべき
相手だったのにも関わらず。
先に出所していた加奈の復讐心は変わることがなく、機会がある度、
復讐を思いとどまる話をしたが耳もかさなかった。
結衣が妊娠したと知ってからの加奈は、さらに復讐の炎に火がつき、
いつ行動を起こしてもおかしくない状態になった。
こんな状況になったからには、いざってときは、僕が命の換えても
二人を守る。それが結衣を騙した僕のケジメだとも思う。
信じてくれないかもしれないが、僕は本当に結衣を愛していた。
一緒にいて、こんなに幸せな気持ちになれたのも初めてだった。
もし、僕がこの先も生きて結衣と暮らせるなら、どんなに幸せ
だろうか。
近いうち生まれてくる子供と三人で、笑顔溢れる楽しい家庭を
築けたらどんなに幸せだろうか。
加奈との件が全て片付いたら、こんな形じゃなくちゃんと、
面と向って謝りたいと思う。そして、隠し事なく晴れて、
本当の夫婦になりたい。
愛する結衣や子供のためにも、願わくば、
これが最後のラブレターにならないように頑張りたいと思う』



(了)