一ヶ月後、いつものように慎吾を仕事に送り出すと掃除に洗濯にと家事に精を出す。最初は緊張し不安だった慎吾との新婚生活も、一ヶ月経過すると落ち着き心も安定する。予想通り慎吾はとても優しく、亭主関白と言いながら料理や家事も手伝う。あまりに幸せ過ぎて結衣自身これが夢ではないかと思うほど充実した日々が流れていた。
 ただ一つ気掛かりなのが加奈のことで、貰った手紙に書いてある住所を訪ねたがそこに加奈の姿はなかった。その近所に聞き込みをしてみるも、当該母屋は何十年も空き家で人は住んでいないとの答えが返ってくる。手紙に記載された住所や郵便番号が合致しているのにも関わらず、住んでいない点に結衣は疑問を抱く。
 刑務所のみならず、出所前に送ってくれた品々についてお礼がしたくても、連絡が取れないのでは手の打ち用がなく困り果てる。慎吾に相談してみるが、刑務所で知り合った人間とは距離を置くべきとわりと真剣に諭される。
納得がいかないものの、結衣は加奈のしてくれた想いを胸に日常に送っていた。


 一年後、携帯電話で検診結果の連絡をしながらマンションへの道を歩く。妊娠から三十週が経過し、足のむくみ等あるものの幸せの階段を一歩一歩上がっている気持ちにもなる。
(安定期も過ぎてあとは二ヶ月後に出産するのみ。幸せ過ぎて困るわ)
 転倒に注意しつつ結衣は帰路をゆっくりと歩く。昼前ということもあり道路に人影は少なく、車もほとんど走っていない。安心しながら歩いていると、背後から来た車が結衣の横を抜き去りすぐ前方で止まる。首を傾げながら見ていると、運転席から一人の女性が降りてくる。その顔を確認した途端、結衣は喜色満面となった。
「加奈!? 加奈じゃない!」
 少し早足で近づくと加奈も笑顔で寄って来る。
「結衣、久しぶり。二年ぶりくらい?」
「うん、刑務所以来だもの、それくらいになる。それよりどうしたの? 会いに行ったけど住んでなかった」
「ごめんごめん、ちょっとした行き違いでね。そこに住む予定だったんだけど、違うところになったんだよ」
「そうなんだ。元気だった?」
「うん、超元気。結衣の方こそ慎吾君と上手くいってるみたいだね。妊娠までしてるし」
「もうね、有り得ないくらい幸せ。慎吾君、むちゃくちゃいい旦那様だし」
「あらあら、いきなりノロケですか? 参ったねこりゃ。やっぱ我慢できんわ」
「我慢?」
「ああ、こっちの話。結衣、今から家に来なよ。積もる話もあるし」
「ごめん、今日はちょっと用事が……」
「断るんだ。刑務所での恩を忘れたんだ」
 途端に不機嫌となる加奈を見て結衣は焦る。
「あの、そう言う訳じゃないの。今日は都合が悪いだけで、加奈に対しての恩は忘れてない」
「忘れてないなら少しくらい付き合ってもいいんじゃない? 別に何時間も拘束する訳でもなし」
(どうしよう、今日の加奈少し怖い。でも、後ちょっとで慎吾君帰ってくるし)
 考えた後、結衣は首を縦に振る。
「慎吾君が帰って来るから少しだけよ?」
「そうこなくっちゃ。家近いから車乗って」
 助手席に乗るとしっかりシートベルトを締めてから携帯電話を取り出す。慎吾へ加奈と会うメールを送ると、携帯電話の電源を切らないようにとだけの短文返信が来る。違和感を覚えるものの言われた通りそのままにし大人しく車に揺られる。しばらく走っていると、加奈が口を開く。
「あのさ、私が服役していた罪状って覚えてる?」
「えっ、確か殺人未遂よね?」
「そう、よく覚えてたね。再婚した相手を刺した事件。でさ、その前に執行猶予ついてたって言ったじゃん。あの理由がさ、児童略取誘拐罪だったの」
 初めて聞く罪状に結衣はドキドキしながら問う。
「なんでそんなことしたの?」
「えっ、だって私の娘だもの。誘拐じゃないわ」
 首を傾げる結衣を見て加奈は笑う。
「離婚して親権がなかったのよ。親権の無い親が子供を連れ去ったら誘拐になっちゃうのよ。私的にはそうは思わないけど」
「そういうことね。それなら加奈の気持ちも少し分かる。私も離れ離れになった娘が気掛かりだもの」
 結衣のセリフを聞いた加奈は車に急ブレーキをかけ路肩に止める。妊婦である結衣は焦ってダッシュボードに手をつき衝撃を殺す。
「加奈! 何するの、危ないでしょ!?」
「気持ちが分かる? アンタに私の気持ちが分かってたまるか!」
 突然大声で怒鳴られ結衣はビクッとなる。
「か、加奈?」
「今のアンタに私の気持ちが分かる訳がない。だから、今から分からせてあげるよ」
 加奈はポケットからスタンガンを取り出し結衣に迫る。その様子を見て結衣の顔は恐怖に包まれる。
「か、加奈、やめて。どうして、こんなこと……」
「気絶する前にいい事教えてあげる。私の旧姓は藤本加奈子。娘の名前は麻友よ」
 全身の毛が逆立つ程の衝撃的なセリフを聞いた、次の瞬間、目の前が真っ暗になり意識を失った。