少々寝不足ながら心地よい気分で目覚めた結衣は、自身の持ち得る最大限のテクニックを擁し入念に化粧をする。厚すぎず薄すぎず、ほどよいメイクを目指す。ここまで本気のメイクは学生時以来となり、結衣も緊張せざるを得ない。
 お世話になった刑務官に挨拶をすると、外へ続く扉の前まで来る。この扉が開くと同時に慎吾の姿があると思うと胸が熱くなる。扉が開き、門をくぐると目の前には白のステップワゴンに寄りかかる慎吾の姿が目に入る。
(慎吾君、本当に迎えに来てくれてる)
 走りたい衝動を抑えながら結衣はゆっくり慎吾のもとへと足を運ばせる。慎吾も同じように歩み寄り道に真ん中で互いに立ち止まる。次の瞬間、無言のまま慎吾は結衣を抱き締め、結衣も応えるように強く抱きしめる。
(やっと、やっと、会えた。慎吾君……)
 あまりの嬉しさで泣きそうになっていると慎吾が話し掛けてくる。
「おかえり、結衣」
「ただいま、慎吾君」
「もうずっと放さないから。結衣はずっと、僕の側にいるんだ。いいね?」
「はい」
 返事を聞くと見つめ合い、熱い口付けを交わす。道路の真ん中でありながら交通量は皆無で、二人を邪魔するものはないもない。長いキスを終えると慎吾はじっと見つめながら呟く。
「結衣、凄い綺麗だね。実は門から出てきたとき別人かと思った」
「あはは、それだけすっぴんがひどかったって言いたいの?」
「違うよ、すっぴんも化けた後も綺麗ってこと。僕はいいお嫁さんを貰ったな」
「はいはい、褒めても何も出ませんからね?」
 自然な笑顔を見せられ慎吾は顔を赤くしている。
(ああ、幸せだ。やっぱり慎吾君は私のことを好いてくれてる。この幸せを手放してはダメだ)
「慎吾君、出所したからには改めて言わせて欲しい。貴方の愛娘である麻友さんを殺めてしまい、申し訳ありませんでした。この罪は貴方の側にて生涯を懸けて償わさせて頂きます」
 きっちり頭を下げる結衣に近づくと、慎吾は両肩を掴み強引に真っ直ぐ立たせる。
「し、慎吾君?」
「約束して欲しいことがある」
「なに?」
「事件のことで、もう二度と謝らないで。今日から僕と結衣は新しい一歩も一緒に踏み出すんだ。過去を背負いつつ、前向きに生きて行こう」
 慎吾の真剣で熱い言葉が結衣の心に沁みていく。
(私が好きになった人は間違ってない。この人とならずっと一緒の道を歩んでいける。ありがとう、慎吾君……)
 結衣は嬉しさのあまり慎吾に抱きつく。慎吾もそれを優しく受け止める。
「慎吾君、大好き。ずっと側にいてね」
「それはこっちの台詞。僕の側でずっとずっと微笑んでいて欲しい」
「はい、お約束します」
「うん、ありがとう。ところで、なにかリクエストある?」
「リクエスト?」
「ご飯とか、スイーツとか。ずっと刑務所暮らしだったから食べたいものあるでしょ?」
「うん、あるにはあるけど、いいよ。そんな贅沢言える立場じゃないから」
「ダメだって、遠慮しちゃ。夫婦だろ? 今日は二人にとって特別な日だ。何か美味しいものを食べるべきだよ」
(面会では厳しい結婚生活と言ってたのに、やっぱり凄く優しい。だめだな、つい甘えたくなっちゃう。そうだ、今日は私が)
「特別な日だってことは認めるわ。だから、今日は私にご馳走させてくれないかな?」
「ご馳走?」
「うん、手料理。二年前から楽しみにしてたんでしょ? それとももう食べたくない?」
「とんでもない。ずっとコンビニ弁当で辟易してたんだ。食べたい食べたい! 作ってよ!」
「分かった。じゃあ今から食材の調達ね。買い物に行こっか、二人で初めての共同作業」
 結衣の提案を受け、慎吾は自宅最寄の大型スーパーへと車を走らせる。直ぐに食品売り場へ向おうとする結衣を制止すると、慎吾は強引に手を繋ぎ食品売り場を離れて行く。少々戸惑うものの大人しく着いて行くと、専門店街のケーキ店に入って行く。結衣の気持ちを察してくれていたのか、何年も口にしていないケーキを食べさそうとの配慮だ。基本のイチゴショートを注文し運ばれて来ると慎吾をみつめる。
「食べていいの?」
「うん、むしろ残したら怒る」
「はい、残さず頂きます」
 苦笑しながら答え結衣は数年ぶりのケーキを堪能する。その後は映画と結衣の服を買い、最後に食料品を調達する。昔は普通に感じていたこのようなショッピングだが、数年ぶりに体験すると新鮮で、自分が日常の世界に帰ってきたのだと実感する。慎吾がそこまで考えてショッピングに連れ出してくれたのだと考えると、胸の奥が再び熱くなる。

 たくさんの荷物を抱えながら慎吾の住むマンションに入る。かなり綺麗なマンションで結衣はちょっと気圧される。エレベーターから降り、部屋の前まで来るとかなり緊張してしまう。
(今日からここで暮らすんだ。私達の家。緊張するな……)
 ドアが開くと先に入るように促される。慎吾が後から入り真っ暗らな玄関に明かりが点くと不意に背後から抱きしめられる。
「結衣、今日からここが君の家だ。帰る場所はここだけ。それを忘れないで」
「はい」
 両手の荷物をゆっくり置くと、結衣は慎吾に向き合い真面目な顔で口を開く。
「ふつつか者ですが、どうか末永く宜しくお願いします」
「こちらこそ、あまり頼りにならないヤツだけど、宜しく」
 お互いに笑顔になると、身を寄せ合いキスをする。人目がないこともあり、刑務所の前で交わした行為以上の濃厚なものとなる。少し離れると慎吾の方から口を開く。
「ごめん」
「ん、何が?」
「我慢できない。晩御飯、後でもいい?」
「あはは、慎吾君素直だね。先にデザートが食べたいんだ」
「デザートか。デザートというより結衣は僕の中ではメインかな」
「ありがと、じゃあリクエストに応えてメインから食べてもらおっかな」
 笑顔の結衣を見ると慎吾はすぐにお姫様抱っこの状態で抱きかかえベッドへと直行する。結衣はその力強さに驚くも嬉しくて笑みが零れていた。