翌日、約束通りグラウンドのベンチに座っていると、霧子が挨拶をしつつ隣に座る。
「お待たせしました、結衣さん」
「ううん、大丈夫。二人っきりで何か話したいことがあるの?」
「はい、彼氏さんのことで」
「彼氏のこと? 何?」
「ここに来てまだ日も浅いので詳しくは分からないんですけど、彼氏さんが被害者の遺族で被害者がその娘さんという話は本当ですか?」
「本当よ。小夜さんか誰かに聞いたのね?」
「はい、私が入寮する前に加奈さんという仲の良い友達がいたとも聞きました」
「小夜さんたら本当におしゃべりなんだから困るわ。それがどうかしたの?」
「危ないと思います」
「えっ?」
「娘を殺した相手と結婚しようとするなんて考えられない。彼氏さんが結衣さんに直接復讐を果たすために近づいたと考えるのが妥当です」
「その可能性は何度も考えたわ。私を身近に置くことで復讐の機会が容易になるって。でも、仮にそうだとしても、彼にはそれをする権利があるし、どの道、私は彼の想いは拒めない」
「みすみす殺されるかもしれないのに、ですか?」
「ええ、それで彼の気が済むのなら本望よ」
「そうですか。そういう覚悟を以っての行為なら心配は無用でしたね」
「心配してくれてありがとう。お陰で決心ついたわ。どんな結果が待っていようと、私は彼の元に行かないとダメなんだと悟った。希望的観測をするなら、彼の言葉が全て本当で、私を幸せにしてくれるものと思いたい」
 穏やかな結衣とは対照的に、霧子は複雑な表情を見せる。

 一週間後、気持ちの整理をつけ面会へと臨む。目の前に座る慎吾も若干緊張しているように見える。
「お待たせしました。一週間、プロポーズの返事に対してちゃんと向き合いました」
「うん、返事は?」
「ふつつか者ですが、宜しくお願いします」
 頭を下げる結衣を見て慎吾は顔色を変えて席を立つ。
「し、慎吾君?」
「ホントにいいの?」
「ええ、それが慎吾君の望みであり、償いになると言うのなら、私は拒めない。貴方の側で償わさせて頂きます」
「そっか、ありがとう。コレ、持って来てて良かったよ」
 そう言うと慎吾はジャケットから一通の封筒を出す。
(まさか……)
 息を呑んで封筒を見つめていると、そこからは昔懐かしい書類が出される。
「婚姻届け。後は結衣のサイン待ち。書き終えたら家に送って」
「慎吾君……」
「市役所の提出したら、すぐに身元引受人の申請をする。結衣もそれでいいね?」
 結衣は泣きそうになるのを我慢しつつ何度も頷く。
「やっと前に進める。僕はずっと結衣の役に立ちたかったんだ」
「え、どういうこと?」
「前にも言ったけどさ、僕を死ぬほど辛い目に合わせたのが結衣なら、そこから立ち直らせてくれたのも結衣だった。手紙を借りた想いのやり取りで僕はまた立ち上がることができたんだ。複雑な感じだけど、結衣には感謝してるよ」
 初めて語られる慎吾からの感謝の言葉で、結衣は我慢しきれずに泣いてしまう。慎吾も感化されたのか、同じように涙を流し、照れながら頬を拭いていた。


 半年後、結衣の予想通り二ヶ月前に仮釈放が決定しいよいよ明日釈放を迎える。開放寮での生活は名前の通り自由を満喫でき、移動してからはほとんどテレビを見て過ごす。
 数日前、加奈から送られてきた真新しい服や下着、コスメセットに除毛セットは大変有り難く、釈放当日、慎吾と迎えるであろう初夜も難なく過ごせそうな気分でいる。荷物と共に入っていた手紙には、釈放の日からしばらくは慎吾とゆっくり過ごして欲しいとの内容の手紙があり、落ち着いたら記された住所へ遊びに来てくれと記載されていた。
 予定では加奈も釈放時に出迎えてくれるはずだったので、寂しい思いもするが気を遣って貰い嬉しくもある。
心から加奈に感謝しつつ、明日の事を想像しながら結衣はテレビを見る。
(とうとう明日で出所か。長いようで短かった。そう感じられたのも加奈や慎吾君のお陰だ。二人がいなかったらこんな晴れやかな気持ちで刑期を終えることはなかっただろう。不安な面はまだあるけど、私は慎吾君を信じて会うのみだ。キリちゃんが言うように、もし慎吾君が私のことを直接粛清するため、ここまで用意周到に立ち回っていたとしても悔いはない。そうあっても受け入れられるくらいの想いに至ってるもの)
 慎吾から貰った手紙の束を見つめながら結衣はこれまでの日々を懐古する。
(交通事故を起こしてしまってからの日々は現実から逃げてばかりだったけど、向き会うきっかけになったのも慎吾君からの手紙だった。この手紙が私達の未来を作ったとも言える。これからもこの手紙の事を忘れず宝物にしなきゃね)
 愛おしそうに手紙の束を撫でると、タオルに包み大事そうにバッグへ積める。身だしなみも整い明日から始まる新しい人生を迎え、結衣に鼓動は否応なく早くなっていた。