加奈が出所してから数日後、寮に新しいメンバーが入ってくる。名前は霧子(きりこ)と名乗っていたが、当然ながらそれが本名かどうかは分からない。年齢は結衣より一つ下だが、外見はかなり若く二十代前半でも通用する。入寮したてにも関わらずあっけらかんとしており、寮の皆と気軽に話している。寮内で一番若いこともあり『キリちゃん』と呼ばれ楽しそうに話す。
「キリちゃんって結婚してるの?」
 おしゃべり好きな最高齢の小夜が率先して質問攻めを始めており、結衣も遠巻きに耳を傾ける。
「結婚してますよ。完全に仮面夫婦ですけどね~」
「ここには何で入って来たの?」
「ええ~、それ聞きます? まあいいんですけどね。金融商品取引法違反です。インサイダー取引でお縄ですよ」
 横文字に弱い小夜は首を傾げ、霧子は言い直す。
「簡単に言うと詐欺のお友達みたいな罪です」
「なるほどね、随分ハイカラな罪で入ったのね。何年なの?」
「懲役二年です」
「短期じゃない。真面目にしてたら一年半で出所よ。羨ましいわ~」
「そうですか? 一年以上ケーキとかのスイーツを食べられないなんて地獄ですよ地獄」
 わきあいあいと話す霧子を尻目に慎吾へのラブレターを書いていると霧子が真横から覗いてくる。
「ちょっと! 黙って他人の手紙を覗かない!」
「じゃあ、覗いてもいいですか?」
「許可取ってもダメ! もう!」
 怒ってみるもニコニコされながら見られると真剣に怒る気力も削がれる。
「誰宛への手紙なんです?」
「か、彼氏よ」
「うわぁ、いいなー! もしかしてラブレターですか?」
「ま、まあ。そうね」
「へぇ~、面会とかも来るんですか?」
「ええ、毎週ね」
「超ラブラブじゃないですか。刑務所にいても問題ないんじゃないですか?」
「いやいや、ここじゃ手も握れないから」
「ああ、ですよね。やっぱり会ってヤリまくりたいですよね?」
「キリちゃん、ストレート過ぎ。そんな質問答えられないから」
「ですか? 私なら普通にヤリまくりなんだけどな~」
「もういいから、手紙書かせてくれる?」
「あ、ラジャーです」
 結衣の元を離れると霧子は再び小夜のところでマシンガントークを繰り出す。
(明るくていい子なんだろうけど、どうも掴めないというか分からない子だわ)
 溜め息をつきながら結衣は再び手紙に向う。
(ラブレターか、優遇区分が二種になったし検閲だってもうとっくにされてない。書こうと思えば濃い内容でも恥ずかしげもなく書ける。思い切って可愛いラブレターでも書こうかしら)
 含み笑いをして結衣はペンを取る。


『大好きな慎吾君へ

今回からちょっと手紙の雰囲気を変えて送ります。
去年くらいまでは手紙の検閲もあって書きたいことも書けませんでした。
けど、今はそれもないので、思い切ってラブレターにします。
付き合い始めてから早三ヶ月が経ちましたね。
とは言っても触れる事も叶わず、ただ言葉と文字を交わす仲ですけど。
それでも私の心はいつも満たされていて、刑務所に居ながらも日々幸せです。
毎週会えることもそうですが、手紙という形に残る想いが私を支えてくれています。
正直最初は戸惑う思いもありましたけど、今は自分の気持ちに素直になっています。
早く会いたいし、約束通り抱きしめてもらいたい。もちろんキスも……
まだ仮釈放の話は上がってきませんが、少なくとも一年後には、慎吾君の腕の中にいられると思います。
ココを出て慎吾君と会える日が来たら何をしようか、毎日そんなことばかり考えてしまいます。
日曜日はデートで映画を見たり、カフェでケーキをつついたり、ウインドウショッピングをしながら手を繋ぎブラブラ歩く。
そんな当たり前のデートが今の私には夢のような話です。
でも、慎吾君とは語ったような夢を叶えられると信じています。
ずっとずっとラブラブでいようね。貴方を大好きな結衣より』

ペンを置くと背後でニヤニヤしている霧子と目が合い、本気で殴ろうと笑顔で拳に力を込めていた。