寮に帰るとすぐに加奈が聞きに来る。嬉しい報告と言うこともあり自然と頬が緩んでしまう。
「どうだった?」
「ごめん、じらせなかった」
「あはは、正直で宜しい。良かったじゃん。これで帰るところできた訳だし」
「いや、でも具体的にそこまでの話はまだ」
「いやいや、出所後即同棲で問題ないっしょ? 何か問題でも?」
「私はそうありたいけど、慎吾君がどう考えているか分らないから」
「もう慎吾君って呼んでんだ。熱いね~、私の出番は無しだね。これで愛しの結衣ちゃんと一緒に住む話も頓挫だ」
「茶化さないで。ここを出ても加奈とは友達でしょ? これからも頼りにしてるんだから」
「ホントそう思ってくれてる? 超嬉しい。私は先に出所するけど、結衣が出所の日は私も祝いに行くから」
「じゃあ、その日は慎吾君と加奈と二人に出迎えられることになるね。最初のハグは慎吾君にしてもらう予定だから邪魔しないでね?」
「はいはい、ご馳走様でございます」
 呆れながら加奈は両手を挙げる。
「出所と言えばさ、私にも早かったらそろそろ仮面接のお呼び出しが来るかもしれない。あくまで勘だけど、本面接OKで仮釈放決まったら開放寮に移動だし、こうやってたくさん話せなくなるかも」
「そうなんだ。ちょっと寂しいけどおめでたいことだし、仕方ないね」
「細かい日程とか分かったら昼休憩いつものベンチで教えるよ」
「了解」
 互いの明るい未来を感じつつ、二人は笑顔で見つめ合った。


 二ヵ月後、予想通り加奈の仮釈放が決まったようで結衣と違う寮へと移動となる。何年も一緒に居ただけに寂しい思いもあるが、自分自身にも仮釈放の日が近づいていることを感じドキドキもする。当初月一回の面会と言ったいた慎吾も、付き合いが決まってからは毎週金曜日に訪れるようになり、面会を重ねる度に親密さもどんどん深くなっていた。
 結衣の受刑態度から優遇区分は先月より二種となり刑務官の立ち合いは無くなっているが、二人を遮るアクリル板は相変わらず存在する。
「いつも思うけど、この板邪魔だな」
 板に近づきながら慎吾は文句を言う。
「一種にランクアップすると無くなるらしいけど、多分無理かな。ランクアップする前に仮釈放になると思う」
「そっか。じゃあ大人しく待つしかないか。でも後、十ヶ月も先。長いな~」
「十ヶ月って、あくまで予想だから、もし長引いても落ち込まないでね?」
「いや、それは落ち込むよ。今でも十分我慢してるからね。いろいろと」
「いろいろ、ね」
 結衣自身いろいろ想像し、少し顔を赤らめる。
「そうだ、慎吾君に聞きたい事があるんだけどいいかな?」
「もちろん、何?」
「聞き辛いことだったんだけど、麻友さんのお母さんって今、どうしてるの?」
「ん、十年前に離婚してから全く会ってないから知らないな。麻友が亡くなったことも知らないかもな。連絡つかなかったし」
「そう……」
「どうして聞くの?」
「いえ、ここを出たら、慎吾君や麻友さんだけじゃなく、お母さんにも謝らないといけないなって思ってたの」
「なるほどね、でも、それには及ばないよ」
「えっ、なんで?」
「だって、彼女、育児放棄して麻友を虐待してたからね。子供を、麻友の死を悲しむとは思えない。離婚の原因も麻友への虐待だし」
「そうだったの。それはヒドイわね」
「彼女から言わせると、それが愛情表現で自分なりに愛していたらしいけど。とにかく異常な女だったよ」
 相当嫌な思い出なのか慎吾は苦渋の表情を見せる。
「嫌なこと思いださせてごめんなさい。出所したらまず慎吾君に謝るわ」
「いや、そこはまずハグだよハグ」
「あ、そうね、ハグね。その後謝る」
「いやいや、その後はキスだって」
キスという単語に結衣は言葉を詰まらせる。
「そ、それはどうだろうか?」
「えっ、キスだめ?」
「ん、う、う~ん…………、いいよ……」
「いいんじゃん」
「渋々よ。渋々」
「はいはい、結衣は素直じゃないな~」
 慎吾はニヤニヤしながらアクリル板に近づく。結衣は照れてしまい視線が合わせられない。
(くっ、慎吾君、絶対私をからかって楽しんでる。年下なのに結構主導権握られそうだ)
 顔を赤くしながら結衣はアクリル板を睨んでみるも、向けられる笑顔にノックアウトされ再び視線を逸らすことになっていた。